経済

2023.09.20

VIVANTこと自衛隊「別班」元三佐が私に語った「KCIA工作と潜伏」──編集長コラム

TBS「VIVANT」公式サイトより

人気ドラマ『VIVANT』が最終回の放映を終えた。スタート時からVIVANTこと「別班」(陸上自衛隊陸上幕僚監部第二部別班)に注目が集まり、おそらく過去にないほど別班に関する記事が多数出ている。政府がその存在を否定している謎の組織が、「VIVANT効果」でスポットライトが当たった格好だ。そうした記事のなかで別班にいた人物として唯一実名で名前があがるのが、元三佐の故・坪山晃三さんである。その坪山さんに私は2001年から2009年まで定期的に会っていた。

生前、坪山さんが自らを「別班」と名乗ったことは一度もなかった。しかし、彼の実名が出たきっかけが、1973年に東京・飯田橋のホテルグランドパレスで起きた金大中拉致事件である。世界を震撼させた前代未聞の大統領候補の拉致暗殺計画だ。韓国の軍事独裁政権、朴正煕大統領の諜報組織「KCIA(韓国中央情報部)」による大胆な犯行であり、当時、「自衛隊が事件に関与している」と国会で日本共産党が追及するなかで坪山さんの実名が取りざたされたのである。

まず、坪山さんと私の出会いから順を追って説明したい。

1990年代後半、ノンフィクションライターだった私は、98年をピークとする金融危機の取材が増えていた。山一證券をはじめ、銀行や生保など潰れるはずがなかった金融機関の破綻が続き、戦後最大の倒産件数を記録していた頃、幅広い人脈をもつ千代田生命のベテラン社員から私は業界内の事情を教えてもらっていた。その千代田生命が2000年に経営破綻すると、その人はなぜか山登り愛好家の会合に私を誘うようになった。私の親ほどの年齢の人たちの集まりで、月に一度、日本酒を飲みながら山の話をしたり、山で撮影してきた花の写真を見せたりといった趣味の会である。登山をしない私には退屈な会合のように思えた。

しかし、「あんただったら、話が合うかもよ」と耳打ちされて紹介されたのが、会合のメンバーだった坪山晃三さんである。

名刺には「ミリオン資料サービス 社長」と書かれていて、企業の信用調査や探偵を行う会社だ。「話が合うかもよ」という囁き通り、確かに、坪山さんと私には共通項があった。それは北朝鮮である。

「冷戦の落し子」である朝鮮半島は南北に分断したまま、いまも休戦状態にある。閉鎖国家の北朝鮮が大韓航空機爆破事件など数々のテロを行ってきたことは説明するまでもないだろう。私がこの国について取材するようになったきっかけは、90年代、強制収容所から亡命した人たちとの出会いだった。子どもの頃に家族とともに収容され、拷問と強制労働のなかで成長した亡命者が私と同じ年齢だったことに衝撃を受けた。

生まれた国が違うだけで、地獄のような人生を歩み続けなければならない。その人が命からがらに逃亡し、国境を超えて、今、目の前にいる。世界の現実を突きつけられたのだ。こうした出会いをきっかけに、北朝鮮から帰国できない日本人妻たちの問題や、2000年代になってようやく公になった北朝鮮による拉致問題などに取材範囲は広がっていった。家族の安否を知りたい日本の被害者家族の話を聞く度に、手がかりはないかと歩き、韓国の情報機関、朝鮮総連、中国共産党、日本の公安警察、内閣情報調査室、防衛省、米軍など、情報を扱う組織やそうした組織と協力関係にあるエージェントたちに自然と知り合いが増えていった。
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文=藤吉 雅春(Forbes JAPAN 編集部 編集長)

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