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2023.06.23 10:00

短編小説『プラトーの蓄え』矢口泰介

Forbes JAPAN編集部
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イラストレーション=Kouzou Sakai

2023年6月23日発売のForbes JAPAN8月号では、「これからの『お金』と『わたし』と題して、新しい時代の人とお金の関係を徹底特集。

いまを生きる私たちは「お金」と「人生」についてどのように考え、次世代に伝えていけばよいのだろうか。私たちにとって「蓄え」や「幸福」とはなんだろうか。

等しく「長寿」になった社会を描いた短編小説から、より思考を深めたい。


0. はじめに

寿命や健康を司る「長寿物質:プラトー」が発見されて、はや数世紀が経った。

「長寿物質」を一マイクログラム体内に取り込むと、10年にわたって細胞レベルで老化が止まる。つまり「死」がそれだけ先延ばしにされる。老化が止まるだけではない。病気にもかからなくなるし、怪我も治りやすい体になる。注意して生活していれば、長寿物質を摂り続ける限り「不死」が可能となる。

この人類にとって画期的だった長寿物質は、「プラトー」と名付けられた。その名の通り、摂取した人間の生を、長くゆるやかに続けさせている。

果たして、長寿物質:プラトーとともに歩んできたこの数世紀は、人類にとって幸福だったのだろうか? この数世紀の流れをあらためて振り返って探索していこう。

1. 長寿バンクのはじまり

長寿物質:プラトーを増やすためには、莫大な「金(gold)」を必要とする。そのため、プラトーは無尽蔵に製造することはできない。

プラトーの製造と管理は、高潔な志を持った限られた人間が厳格に行わなければならない。長寿物質:プラトーが発見された当時、世界一の富豪がそのように考えた。そして、プラトーを生成し、保管し、そして必要なときに引き出せる銀行のような国際機関を作ることを思いつき、実際に作ることにした。それが現在まで続く「長寿バンク」である。

人類は等しく長寿になったわけではなかった。

どうしても作れる長寿物質の量は限られている。ならば「長寿バンク」を利用できるのは、世界の中でも選ばれた人間だけにしよう。優れた人間が長寿を得ることで、優れた遺伝子が増えるだろう、とそのように長寿バンクの創設者は考えた。創設者自身も自分のことを「優れた人間」の一人と考え、せっせとプラトーを摂取した。

創設者は、一世紀半のあいだ(約150年)生きたとされているが、その人はもういない。長寿バンクを創設した富豪は、「生きることに飽きた」という理由で自殺を遂げた。

長寿バンクの創設者が亡くなったとき、彼の体は150歳を超えていたにもかかわらず、いたって健康そのもので、病気も怪我もなかった。そして何もなければあと一世紀は生きられるくらいのプラトーの蓄えもあった。彼の残した貴重な長寿物質は、もちろん長寿バンクに寄付された。

2. 「長寿命種」カテゴリの誕生

こうして長寿物質:プラトーと出会った人類は、この数世紀のあいだに、長寿物質:プラトーを摂取した「長寿命種」と、生まれたままの寿命をまっとうする大多数の「短命種」(生物としての人類に違いが生じたわけではないので、あくまで名称の問題だが)に分かれた。この小文の執筆者も、もちろん短命種である。

当たり前のことながら、長寿命種は、短命種に比べて生きる時間が圧倒的に長い。すでに記録上、三世紀生きている人もいるという。とても同じ人間とは思えないが、長寿物質を摂り続ける限り、彼の人はこれからも生き続けるだろう。

長寿命種は、短命種のことを「長期的視野で人類を見ることができない人たち」と評している。生きている時間を考えれば、確かにそのとおりだ。

人類は、およそ二世紀前から、政治的な舵取りを全地球規模で長寿命種にまかせるようになった。
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文=矢口泰介

この記事は 「Forbes JAPAN 2023年8月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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