映画

2023.04.07 18:30

眩暈がしそうな読書体験『インヴェンション・オブ・サウンド』

稲垣 伸寿
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だが、過激なふるまいを競い合うがごとく、ミッツィとゲイツの三人称が螺旋を描くように闇へと堕ちていく感触は、そんなジャンル小説の定石とは別次元にある。彼らの地獄めぐりの数々は、目隠し状態で暗闇の中を連れ回される読者を共振という現象に巻き込んでいくのだ。このスリルは、破格のものといっていい。

さらに、やがて作中の緊張感が飽和状態に達した時、カタストロフィへと連なるとてつもない化学反応が物語に起きる。役者たちはとっくに舞台上に揃っており、並行する男女のナラティブだけが作者の切り札ではなかったことに、あらためて読者は気づかされるのである。

事態の急展開に目を奪われてきた読者は、そこに至って、物語のまにまに挟まれてきた、自叙伝と思しきある女優の著作からの抜粋に大きな意味が託されていたことに驚かされ、はたと膝を打つに違いない
 

時代の煽動者としてのカリスマ性


日本では長らく翻訳紹介が途絶えていた間も、パラニュークはコンスタントに小説を発表していたが、作家としては低迷期にあったと伝えられてもいる。続編としても話題になった『ファイト・クラブ2』(2015年)も含め、斬新であっても傑作とは限らない、という厳しい評価が付いてまわったそうだ。

しかし今世紀も20年代に入ろうというタイミングで、自らをリフレッシュするかように上梓した『インヴェンション・オブ・サウンド』は、新たな代表作という呼び声も高く、なかにはパラニュークの最高傑作という評価もあるという。その理由は、時代の煽動者として、現代のハーメルンの笛吹きとしてのカリスマ性を、再び作者が取り戻したからに他ならない。

現代アメリカの世相に深く分け入りながら、陰謀論を唱えたかと思うと、恐るべき歴史的事実に光を当てる。そればかりか、家族という拠りどころすらもおぞましい病巣として描いてみせ、読者をこれでもかと挑発する。

激しく暴力的で、触ると火傷しそうな物語は、時にわれわれが佇む現在地を差し示してみせる方位磁石の役割も果たす。読後の余韻として残る至福と不安のアンビバレントな感覚は、面白いだけのヤワなエンタテイメント小説とは明らかに一線を画するものだ。

喩えるならば、旅に出たオデュッセウスがセイレーンの災禍と遭遇するギリシャ神話の変奏曲かもしれない。それとも、虐殺のメロディをサウンドトラックとしたハリウッド映画界へのレクイエムだろうか。

眩暈がしそうなほどの読書体験が味わえる衝撃に満ちた250ページだ。

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