サイエンス

2023.02.14 09:00

「世界を支配する人々だけが知っている」10の方程式・数式

石井節子
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飛行機の揺れはなぜ恐れるに足りないか

こうした分析家の思考を学ぶには、まず感情的にストレスのかかる状況に身を置くことだ。安全な地上にいるときは、ほとんどの人が飛行機に乗るのはそう危険でないと理解している。旅客機が墜落して死亡する確率なんて、1000万にひとつもない。でも、空の上にいると、印象はだいぶ変わってくることがある。

あなたが経験豊富な旅行客で、100回は飛行機に乗ったことがあるとしよう。でも、今回のフライトは今までと違う。飛行機が降下しながら、今まで体験したことのないような音を立てて揺れている。隣の女性は息をのみ、通路の反対側の男性は膝をぎゅっと握り締めている。周囲の全員が明らかに怯えている。これが1000万にひとつの事故ってやつ? 最悪のシナリオがこれから待っているのだろうか?

数学者なら、このような状況で深呼吸をし、あらんかぎりの情報を集める。数学的表記で、飛行機が墜落する基本的な確率をP(墜落)と書く。Pは確率(probability)の頭文字で、「墜落」は(あなたが)墜落死するという最悪のシナリオを示す。統計的記録から、P(墜落)=1/10,000,000、つまり1000万分の1であることがわかっている。

出来事どうしの依存関係を理解するため、P(揺れ|墜落)という表記を導入しよう。これは、飛行機がこれから墜落すると仮定した場合に、このような揺れを起こす確率を示す(「揺れ」は「飛行機の揺れ」、棒線は「以下を仮定した場合の」という意味)。なので、P(揺れ|墜落)=1、つまり墜落の前には必ずひどい揺れがあると仮定するのは合理的だ。

また、P(揺れ|墜落しない)、つまり無事に着陸できるのにひどく揺れる確率も知っておく必要がある。ここでは、あなた自身の直感が必要になってくる。今回は今までの100回の同様のフライトのなかで、いちばん恐ろしいフライトだから、P(揺れ|墜落しない)=1/100というのがあなたの最善の推定といえる。

これらの確率は役立つけれど、あなたが知りたがっている情報とは違う。あなたが知りたいのは、P(揺れ|墜落)、つまり飛行機がひどく揺れていると仮定した場合の墜落の確率だ。ベイズの定理を使うとその値が求められる。



ここで、数式内の「・」記号は掛け算を表わす。現時点ではこの数式が正しいものとして受け入れよう。ベイズの定理は、18世紀中盤にトーマス・ベイズ牧師によって証明されて以来、幾多の数学者によって使われてきた。
この数式に数値を代入するとこうなる。



今まで経験したなかで最悪の乱気流だとはいえ、死ぬ確率は0.00001しかない。そう、無事に着陸できる確率は99.999%もあるのだ。

同じ推論は、一見すると危険に思えるさまざまな状況にも応用できる。オーストラリアの海辺で泳いでいるとき、水中に恐ろしい生き物が見えたと思っても、それがサメである確率は微小だ。愛する人の帰宅が遅れていて、連絡が取れないと、つい心配になってしまうけれど、ほとんどの場合は単なる携帯電話の充電のし忘れだろう。飛行機の揺れ、水中の怪しい影、つながらない電話など、私たちが新しい情報だと思っている物事の多くは、問題と正しく向き合えば、そこまで恐れるに足りない。

ベイズの定理を知っていれば、情報の重要性を正しく評価し、まわりのみんながパニックを起こしているときでも冷静さを保つことができるのだ。
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