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2022.11.28 16:30

金融業界の破壊者ストライプ。年間6400億ドルを決済処理する兄弟

Forbes JAPAN編集部
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ジョン・コリソン(左)とパトリック・コリソン(右)/Getty Images

規制産業ゆえに“ディスラプト(破壊)”が難しいといわれていた金融業界。彗星のごとく登場し、「革命」慣れしているはずのシリコンバレーを震撼させたのが簡易決済企業「Stripe(ストライプ)」だ。

ユニコーン(未上場の評価額10億ドル以上の企業)を超えすでに「デカコーン」となった同社は、IPO(新規株式公開)を切望されているが、ゴールはそこにはない。創業者兄弟が、IPOのさらに先にある壮大な野望についてフォーブスに独占的に語った。


ストライプの共同創業者ジョン・コリソン(32)は、ダブリンのシリコンバレーこと“シリコンドックス”にある本社の最上階で、金曜日に開かれる定期全社会議に向け、アイルランドにいる何百人もの従業員に話をする準備をしていた。

会議はニューヨークやサンフランシスコ、シンガポールなどにいる7000人の従業員が好きな場所から視聴できるようになっており、ジョンが兄のパトリック(33)とともに2010年に立ち上げた決済企業のストライプにとっては、神聖ともいえる伝統だ。結婚休暇中のパトリックに代わり、今回はジョンが、社員からの質問をさばかなければならなかった。

議論を呼ぶ質問が出る可能性もあった。その週はツイッター上で、騒動があったからだ。フィンテック系のユニコーン、プラッドの共同創業者ザック・ペレットが一連のツイートで、ストライプがウソの口実を設けてプラッドに近づき、自社製品と競合するソフトウェアツールを開発したと非難したのだ。

ストライプの最高経営責任者(CEO)を務めるパトリックは、新婚旅行先から全社員に宛てて一筆書き、このような厳しい目を向けられること、そしてストライプの意図が心ない解釈をされることは、今後さらに増えるだろうと注意を呼びかけた。

ストライプがスタートアップ界の寵児からヘビー級の大手テック企業へと変化を遂げるにつれ、大衆紙が飛びつくような出来事は増えるだろう。サンフランシスコとダブリンに本社を置く同社は昨年、50カ国で合計6400億ドル分の決済を処理した。

情報筋によると、総収益額は大半が処理金額の2〜3%程度の手数料からなるが、21年には前年比約60%増の120億ドル近くに達し、ビザやチェースといったパートナーの取り分を除いた純収益は25億ドルに迫る。また、急成長中のユニコーン企業にしては珍しくEBITDA(金利・税金・償却前利益)ベースで何億ドルもの利益を計上している。

こうした財務状況を考えれば、フィデリティ証券やアイルランドの政府系開発ファンドが21年3月に追加資金6億ドルを投じたのも説明がつく。この投資でストライプの調達資金は累計24億ドルに、企業価値は950億ドル(5月時点。その後740億ドルに減少)になった。そして同社は、ティックトックのバイトダンス、巨大EC企業のシーイン、イーロン・マスクのスペースXに次ぐ世界で最も企業価値の高いスタートアップとなった。
--{広がる未踏の世界}--
コリソン兄弟は十数年前、ウェブサイトでのクレジットカードによる簡易決済を可能にするわずか9行のコードでシリコンバレーを驚嘆させた天才少年から、大いに出世した。ストライプは現在、幅広い金融ツールを提供しており、デリバリーアプリのドライバーへの支払いから教育アプリの決済時の税金の徴収、雑誌の購読料の支払いまで、あらゆる決済処理を担っている。

すべての中心にいるのが、パトリックとジョンのコリソン兄弟だ。ふたりはいまも、発売される製品すべてに目を通し、自らが遭遇したユーザーフレンドリーでない体験を記録する「フリクション・ログ」を続けている。パトリックは、コードに没頭することすらある。

「華やかじゃないただのインフラ企業ですが、長く複利的に成長できればと思っています」(パトリック)

パトリックの仕事は難しくなっている。1年前の最大の問題はIPOをいつにするか、だった。だが、パンデミック、欧州での凄惨な地上戦、世界的なエネルギー危機、サプライチェーンの破たんによってそれは現実的ではなくなった。S&P500は今年、20%近くも下落し、同業の上場各社の株価はそれ以上に下げている。あらゆる商取引を支えるストライプは、その衝撃を最前列で目撃しているのだ。

コリソン兄弟は事業のペースを落とすことなくこのニューノーマル(新常態)をうまく切り抜けなければならない。ふたりはストライプを東南アジアと中東の新しい市場に進出させながら、同時にアプリストアやソーシャルメディアで活動するクリエイター用の暗号通貨決済といった新製品を生み出している。

また、小規模企業向けの融資の仲介と法人向けクレジットカードの発行も始め、会計のような新しい分野への参入も検討しているとも噂されている。それらを、激しい競争に直面しつつ、フォードや海運大手のマースクといった要求の多い企業顧客も満足させながら実現しようとしているのだ。

「僕らのやりたいことリストは、いまやっていることの4倍の長さはありますよ」(ジョン)

「ストライプス」と呼ばれる同社の従業員たちは、オンライン上で発生する世界の支出は全体のわずか12%でしかないと結論づけた最近の国際通貨基金(IMF)の調査報告の統計をよく取り上げる。

「未踏の巨大な世界が広がっているんです。僕らの目標は、インターネットの世界のGDPを増やすことなんです」(パトリック)
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文=アレック・コンラッド 翻訳=木村理恵 編集=森 裕子

この記事は 「Forbes JAPAN No.099 2022年11月号(2022/9/24発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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