ビジネス

2022.11.17 12:30

都市の色公害と闘う1000色の塩ビシート 売上ゼロからの大逆転

石井節子

「CS デザイン賞」をも主催する中川ケミカルの目指す先は──

駅内のロゴやオフィス内の案内など、日々目にする"サイン"に使われている「カッティングシート」を知っているだろうか。

製造するのは、老舗「中川ケミカル」。塩化ビニール製で、直接手書きで作る「看板」よりも正確にCIの実現ができる、剥がし跡がきれい、耐久性も高い、などの多くの利点があり、街の美観や機能を担うツールとして幅広く利用されている。ラインアップは全体で1000色以上だ。

家の窓の装飾やPCに貼るステッカー作りなど個人レベルでも楽しめるものだが、中川ケミカルでは、企業やアーティスト、美大生などが主な顧客で、デザインデータづくりの段階から相談を受けていることが多い。8月には、曼荼羅画家・田内万里夫氏の個展にて、超精密な原画のデジタル化と施工を担った

「看板屋さん」の枠を超えて展開する同社デザイナーの小林雅央氏に話を聞いた。


5年間、売上げゼロ……


カッティングシートは、世の中の看板がまだ職人による手書きで作られていた1966年に、中川ケミカルの現会長である中川幸也によって開発された。当時は、従来の「看板」のコンセプトからは大きく乖離した、前代未聞の装飾、表現手法だったといっていい。

「中川ケミカルの前身である中川堂は、百貨店の内装やショーウインドーを手がける、当時でいえばいわゆる『看板屋さん』でした。中川幸也が中川堂に入社した当時は高度成長期の真っ只中で、人手不足。一人前に育つのに何年も文字や絵を書く練習を必要とする職人は常に足りていませんでした。

その現場を見た中川は、『自分が一人前になったところで、下手な看板屋が増えるだけ。ならば、自分がもっと役に立てることがないかと、誰でも綺麗に看板や装飾ができるような材料はないものか』と思ったといいます。そこで元々あったステッカー用の材料を改良し、ペイントに変わる色彩を作るための開発を続けてようやく完成したのが、『切って貼って、はがすだけ』のカッティングシートだったのです」

だがそのカッティングシート、満を持して発売するもなんと5年間、売上げはゼロだったという。



「そもそも『切って、貼る』という行為自体がなかなか世の中に認められなかったようです。シールみたいなものを貼っても、はがれちゃうんじゃないかと思われたようで。

なんとか商売として回るような素材にするために、小売店でよく使われる、『セールや50%オフ』といった文字や、正月やクリスマスなどの行事に合わせた絵柄にカットしたシートをあらかじめまとまった枚数作成して売るといった地道な活動を重ねました。そうすることで、『貼って、はがしてまた新しいイベントに合わせて貼り替える』を市場に浸透させていったのです」

今と違ってSNSなどがない時代に、新しい商品や価値を世の中に伝えることは難しい。また、「誰が買ってくれたのか」「誰の手にわたっているのか」をトラックする術もない。それだけに、「実際に使われている」例に行きあたったときの喜びはひとしおだった。

「中川からかつて聞いて印象的だったのは、ある時、タクシーの車両にカッティングシートが貼られているのを見つけ、うれしくて思わず走って追いかけた、という話。当時はカッティングシートといえば中川ケミカル製品しかなかった時代、あれは絶対ウチのだ! ウチの製品を貼ってくれている!と」
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構成=石井節子 協力=堤直子

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