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2022.09.15 19:00

35の思考法と52の例題で知る『遅考術』、ヒットの理由

石井節子

『遅考術 じっくりトコトン考え抜くための「10のレッスン」』(植原亮著、2022年8月、ダイヤモンド社刊)

SNSが隆盛を極めて以来、私たちの周囲はますます情報過多になってしまった。医療や政治、経済、社会問題など、ほぼ全てのジャンルにおいて、もっともらしい情報が溢れかえっている。興味のある物事を少し調べれば多種多様な知識に行き着くだけではなく、時には真っ向から対立する二つの「真実」を同時に見せられることも珍しくない。

そういった状況下では、思考そのものが麻痺してしまい、わかりやすい答えを追い求めてしまうのも無理からぬことだ。しかし、コロナウイルスに関する情報の錯綜に代表されるように、そうした軽はずみな行動は私たちの身の安全に直結している。

「意識的にゆっくり考える」ということ


遅考術 じっくりトコトン考え抜くための「10のレッスン」』(植原亮著、2022年8月、ダイヤモンド社刊)は、多くの人が抱えているであろう「自分は深く考えられていないのではないか」「安易に結論へ飛びついてしまっているのではないか」というような不安に明快な根拠を与え、そのうえで、論理的な思考を獲得する方法を丁寧に解説している。

「遅考」という言葉には「意識的にゆっくり考える」という意味が含まれている。著者であり、関西大学総合情報学部で教鞭を執る植原亮氏は「賢い人はスピーディな思考に秀でていながら、実際にはそれだけでなく、状況を適切に見きわめ、それに応じてあえて遅く考えている」と言い、「遅考術を身につけるとは、思考の品質保証ができるようになることである」としている。

これは、真偽が怪しい情報に翻弄されながらも、即断即決を強いられて生きている私たちが、改めて意識しなければならないことであるだろう。

本書は遅考の役割を「思考の間違いを回避する」「よりよい思考を生み出す」の二つだと定義している。人間が様々な認知バイアスによって「思考のエラー」を起こしやすい、という事実が明かされたうえで、思考の質を向上させるため、実際にどのような「思考ツール」を使えば良いか、10のレッスンを通して実践的なトレーニングを積んでいく構成となっている。

本書で秀逸なのは、その具体性だ。35の思考方法と52の例題によって自らが持っているバイアスを見つめつつ、深い思考へ到達する案内がきちんと整備されている。最初から行動へ移すことを前提に書かれているおかげで身を入れて学べるし、微に入り細を穿って論が進められるから、途中で脱落してしまう可能性も極めて少ない。レッスンは大学教授と若者二人との軽妙な掛け合いによって展開されるため、煩雑さを感じることなく気楽に読解できる。
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文=松尾優人 編集=石井節子

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