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2022.09.10 17:00

毒にも薬にもなるもの|中塚翠涛×小山薫堂スペシャル対談(後編)

Forbes JAPAN編集部
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「完成」とはいつか?


小山:中塚さんがいま作品をつくるとき、それは「書く」ですか、それとも「描く」ですか。

中塚:今は「描く」のほうが強い気がします。つい先日のことですが、アトリエに飾ってある数年前に制作した薄墨の作品がずっと気になっていて、突然パステルを持ち出し、上から色を塗り重ねました(笑)。

小山:つまり、書道用紙に以前書いていた書に、パステルを塗ったということ?

中塚:そうです。私のなかでは「ようやく完成した!」という感じで。

小山:飾っていたということは、書き上げた当時は完成だと思っていたわけですよね。それをいまの中塚さんがいまの技法で新しい作品へと生まれ変わらせた。面白い。作品の「完成」はいつなのか、という問いに先に答えてもらったみたいな話です。

中塚:人からすると前のほうを好まれるかもしれませんが、「これに色を重ねないと落ち着かない。だから色を塗らせて!」という衝動をそのときは優先しました。

小山:今後出品されるのですか?

中塚:いえ、アトリエ制作の一環です。

小山:仕事で依頼されて作品を世に出すことと、自分のためだけに制作することの両輪が大切なのでしょうね。

中塚:そうですね。いつだったか、友人から「つくったらすぐに世に出さなきゃ意味ないよ」と言われたんです。でも、あるときフランスにお住まいの方が「その友人はボジョレ・ヌーボーなのよ。で、翠涛さんはボルドーの熟成派」と喩えてくださって。あ、ビンテージワインなのか、じゃあ寝かせておこう。飲みごろはいつかな?という気分になり、不安が吹き飛びました。

小山:いい喩えですね。どちらがいいのかではなく、両方ともに価値がある。

中塚:薫堂さんも、400年かけて道が確立したらいいなと願って始めた、「湯道」という企画がありますよね。

小山:400年後なんて生きちゃいないのにね(笑)。でもワクワクするんです。やはりこれは茶の湯の席に呼ばれるようになったことが大きい。お茶の世界では茶道具を「お預かりする」というのですが、自らの私物とせずに、自分が生きている間は自分が預かり、次世代に伝えていく。そんな感覚が身につきました。

今月の一皿



「スパイスを調合してカレーをつくるのは、制作で塗料を調合するのと似て楽しい」という中塚にライムキーマカレー。

blank



都内某所、50人限定の会員制ビストロ「blank」。筆者にとっては「緩いジェントルマンズクラブ」のような、気が置けない仲間と集まる秘密基地。


中塚翠涛◎1979年、岡山県生まれ。4歳から書に親しむ。2016年、パリ・ルーブル美術館展示会場にて書のインスタレーションを発表し、金賞と審査員賞金賞を受賞。『30日できれいな字が書けるペン字練習帳』シリーズは累計430万部を突破。

小山薫堂◎1964年、熊本県生まれ。京都芸術大学副学長。放送作家・脚本家として『世界遺産』『料理の鉄人』『おくりびと』などを手がける。熊本県や京都市など地方創生の企画にも携わり、2025年大阪・関西万博ではテーマ事業プロデューサーを務める。

写真=金 洋秀

この記事は 「Forbes JAPAN No.097 2022年9月号(2022/7/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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