テクノロジー

2022.09.12 18:00

コロナ禍の陰からしのび寄る恐怖「超耐性菌」とは

石井節子
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Getty Images

※本稿は光文社刊、マット・マッカーシー『超(スーパー)耐性菌 現代医療が生んだ「死の変異」』収録の「訳者あとがき」を抜粋・再構成したものである。


COVID-19の感染拡大の危険をいち早く指摘した医師


ニューヨークで一人目の新型コロナウイルス感染者が確認された日の翌日、2020年3月2日、『超耐性菌』の著者マット・マッカーシー氏は、米大手製薬会社ファイザーの取締役スコット・ゴットリーブ氏とともに、米国のニュース専門放送局CNBCの番組にゲスト出演していた。感染症の専門医として、これからニューヨークで、全米で、何が起きようとしているのかを予測し、診断検査が利用できない現状を憂い、診断検査の必要性を懸命に訴えた。だが、番組のキャスターたちは、この時点では事の重大さがまだ飲み込めていない様子で、マッカーシー氏が熱くなればなるほど、ジョークを交えて話をはぐらかした。まさか彼の予測が現実のものとなって迫ってくるとは、すぐには想定できなかったのだろう。その番組の一週間後には、マッカーシー氏が勤務する病院でも実際に感染患者が確認され、以来、彼は救急医療の現場に立って患者の治療にあたりながら、COVID-19の研究にも携わっている。

コロナ禍を経験したことで、今、私たちは、治療法のない感染症の恐ろしさを身に染みて感じている。一日も早くワクチンが行き渡り、確かな治療薬が登場することを願っている。

スーパー耐性菌との闘い


だが、薬が効かない病との闘いは、もっと前から始まっていた。マッカーシー氏は以前から、抗菌薬が効かない「スーパー耐性菌」による感染症の治療薬を求めて、医療の最前線で奮闘していたのだ。そして、その闘いが本格化するのは、おそらく、まだこれからだ。COVID-19の世界的流行が落ち着いたとしても、感染症との闘いはそれで終わりとは限らない。

『超耐性菌』はそんな闘いを続けている著者が、ある抗菌薬の治験にまつわる実話をもとに、自身の奮闘の日々を描いた物語、『Superbugs: The Race to Stop an Epidemic』(Avery, New York, 2019)の全訳である。

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Photo by Thomas Lefebvre on Unsplash

舞台はニューヨークのマンハッタン。物語は2014年10月から始まる。ニューヨーク・プレスビテリアン病院の救急治療室に、左脚を銃で撃たれた男性が運び込まれた。その治療のために呼び出された著者マットは、その患者が多剤耐性菌に感染していて治療がとても困難であることに気づく。かつて、抗生物質は細菌感染症に対する天然の特効薬としてもてはやされ、抗生物質を模した新しい抗菌薬も次々に開発されてきた。ところが近年、抗菌薬の使い過ぎが問題になっている。医療現場での不適切な処方習慣や農畜産業での見境のない商業利用が、細菌の変異を促した。複数の抗菌薬に耐性をもつように変異した多剤耐性菌が世界中の至るところで発生するようになり、医師や研究者のあいだでは、「スーパー耐性菌」と呼ばれて恐れられている。以前なら薬で治せたはずの感染症に薬が効かなくなり、患者の命を救うことが難しくなっているのだ。目の前の患者を救うためには、新しい抗菌薬が必要だった。
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