千元倖生「世界に通用する経営者」5つの条件




(中略)
イー・アクセスは2000年10月、実質的に日本で初めてADSLの定額サービスを開始した。(中略)順調すぎるスタートを切ったように思えた矢先、社員たちが「もはやこれまで」と絶望するほどの衝撃が走った。01年6月、孫正義氏が率いるソフトバンクグループとヤフージャパンが業界平均の半額以下で同じサービスである「ヤフー!BB」を開始するという発表をしたのである。イー・アクセスのコストとほぼ同じ価格設定という、まさに“衝撃的な料金プラン”で殴り込みをかけてきたのだ。私自身でさえ、一瞬「会社がつぶれる」と暗然たる思いになった。しかし、私は一晩考え抜き、翌朝に全社員を集めて、次のように語りかけた。

「昨日のグッドニュースにはみんなも驚いたことだろうと思う。しかし、これは絶好のチャンスだ。私たちは必ず成功する」
「価格が安くなれば、それだけユーザーにアピールできる。3年かかると見込んでいたADSLの普及が1年でできるということだ。我々もコスト構造を徹底的に見直し、同じ水準まで価格を下げようではないか。ヤフー!BBにできて、先駆者である我々にできないはずがない」

そう明るい表情で熱っぽく話す社長に、最初は「頭がおかしくなった」と慌てた社員もいただろうが、そのうち社員全員の生気が戻ってきたのを感じた。そして、全社員が同じベクトルで“ 真っ赤に染め上がり”、ヤフー!BBと勝負するため、すべての部署でゼロベースからビジネスプランを洗い直し、徹底的にコスト削減を図っていった。
その結果、イー・アクセスは、黒字決算を達成し、これまでとは比較にならないほどの筋肉質の会社に生まれ変わった。そして、04年には当時最速で東証1部上場を果たすことができた。

「やめたらあきまへんで。やめたときが会社が倒産するときです」―。

 私がまだ39歳だったころ、最晩年の87歳だった松下幸之助氏からそう言われた。通信産業の将来像について話をさせていただいた際に受けた励ましの助言であるが、「絶対に成功するという確信を持てた事業ならば、どんなに苦しくても途中でやめてはいけない」という経営哲学を直々に教わった気がした。当時を振り返り、イー・アクセスのある社員が次のように言ってくれた。
「千本さんは、失敗するかもしれないという不安感を決して抱かせなかった。この人についていけば絶対に成功すると、なぜかはわかりませんが、確信が持てました」
経営者冥利に尽きる言葉だった。大事なのは、どんなに予期しない事態に陥ってもトップは毅然とした態度を貫き、成功するための方向性を全社員に明確に示し、決して動揺を与えないということだ。トップが動揺していては、社員一人ひとりが自信を持てるはずがない。
(以下略)

千本倖生

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