ビジネス

2022.01.25 08:00

リチャード・ブランソン、ティム・クック…「もの言う経営者」に学ぶ、世界水準の発信力

Forbes JAPAN編集部

米国で、経営者が自らの政治的な姿勢を発信する大きなきっかけになったのは、根強く残る人種差別問題だ。

直近では20年に、黒人男性が白人警察官の暴行により亡くなった事件が全国的なデモ・暴動へと発展。BLM(ブラック・ライブズ・マター)と呼ばれる運動がわき起こり、人種差別問題に対する企業の姿勢が問われるようになった。

このとき、ナイキ、アマゾン、グーグル、マイクロソフトなど、多くの米国企業がSNSなどを通じて「反差別」を掲げて発信した。

グーグルCEOのスンダー・ピチャイは「黒人コミュニティを支持する」という声明文を発表。アマゾン創業者のジェフ・ベゾスは「黒人コミュニティに対する人種差別と暴力を目撃することで引き起こされる、痛みとトラウマは長く続く」と声を上げた。

CEOの直接的な発言ではないが、ネットフリックスの「沈黙することは、共犯者と同じ」という発言は米国で注目を集め、メディアを通じて世界的に広がった。社会問題に対する会社の姿勢を表現することの重要性を物語る、象徴的な出来事だったと言える。

そもそも、なぜ経営者の発信が増えているのか?

企業のブランディングという側面もあるが、それ以上に大きいのが、社員のエンゲージメントや人材採用に直結するようになっているからだ。

米シリコンバレー在住の投資家、ミレニア・コレクティブ代表の奥本直子は「企業が社会問題や政治問題にどう向き合っているか、その姿勢を重視する人が増えている」と言う。

特に、ミレニアル世代やZ世代はこうした意識が強いとされ、金銭的な報酬以上に会社の「生きざま」を評価する。それが、働く社員のモチベーションや、採用に直結するようになっており、「企業はより顔の見える存在にならなければ、社員からも求職者からも選ばれなくなる」と奥本は言う。

「少数派の人間になることが、どんなことかを学んだ」

──アップルCEO ティム・クック

一方で、これからの世代は、より人間味のあふれるメッセージを発する経営者に共感し、親しみを覚えていく可能性がある。
14年に米アップルCEOのティム・クックは、自身が同性愛者であることを開示した。


アップルは、LGBTQ(性的少数者)支援に力を入れる会社として知られているが、クックのこのメッセージが、社会だけでなく自社の社員にもポジティブな影響を与えたのは間違いない。

とはいえ、経営者も常によい発言ばかりできるわけではない。常に失言が批判にさらされることもある。

米テスラCEOのイーロン・マスクは、しばしばツイッターでの発言が取り上げられ、炎上することがある。マスクは18年にツイッター上でテスラ株の非公開化を表明し、米証券取引委員会(SEC)から証券詐欺の疑いで提訴されている。その後も、仮想通貨への興味から他者批判、保有株の売却計画までさまざまな話題を振りまいてきた。

しかし、発言も継続し続けていくと、「やがて、その経営者の魅力として総合的に評価されるようになっていく」と前出の奥本は言う。発信が増えるほど、さまざまなメッセージから、その企業や経営者が何を目指しているのか、輪郭が浮き彫りになるからだ。

「発信するほどに、パーパスの重要性を再認識させられる」

──レゴグループCEO ニールス・クリスチャンセン

世界最大の玩具メーカーであるレゴグループCEOのニールス・クリスチャンセンも、CEOに就任した17年以降、同社のビジョンやミッションについて積極的にSNSで発信するようになった。


それまで13期増収増益を続けてきたレゴは17年、一転して減収減益に陥った。急成長がもたらした、いわゆる大企業病が大きな要因だった。クリスチャンセンは組織体制を見直すとともに、社内外の発信力を強化することを決めた。

「我々の存在意義は、子どもたちの未来に貢献すること。それを実現するためにはどうしたらいいか。それを考え、社員を鼓舞するのが経営者の役割」(クリスチャンセン)。

会社が何を目指しているのか、その存在意義をあらためて打ち出すことで社内改革に成功。20年12月期には過去最高益を記録して結果を残した。

言葉を変えれば、何も発信していない経営者は、次世代にとっては、存在していないに等しいとみられても仕方がない。企業の生きざまがかつてないほど問われる時代に突入したとも言える。日本企業も無縁ではいられない。



蛯谷 敏◎ビジネス・ノンフィクションライター。日経ビジネスDigital編集長などを経て2018年リンクトイン入社、現在シニアマネージングエディター。新著は『レゴ 競争にも模倣にも負けない世界一ブランドの育て方』(ダイヤモンド社)。

文=蛯谷 敏 イラスト=フィリップ・ペライク

この記事は 「Forbes JAPAN No.091 2022年月3号(2022/1/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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