これからの時代に必要な「言葉力」とは?
現代において私たちが持つべき言葉力とはどんなものなのか。対談の最後に、そう問われた2人は、「想像力と優しさ」(又吉)、「もうひとつの身体」(佐藤)と答えた。
言葉が持つ力を「身体」になぞらえて表現した佐藤教授は、言葉はもうひとつの手であり、脳であり、皮膚であると解説する。
手とは、現実の手ではつかめないものを掴んで人に渡す(伝える)ということ。脳とは、我々は言葉を使って考えたり、分析したりしているため、言葉がないと考えることも、記憶することもできないからだ。
さらに、私たちは「あたたかい言葉をありがとうございます」のように、言葉にあたたかさや冷たさを感じたり、ひどい言葉に痛みや傷を感じたり、拡張された皮膚のように「センサー」としても使っているという。加えて佐藤教授は、「声は物体」であることを感じたエピソードを語った。
「東大に通っていた学生時代の授業で、すごく記憶に残っているものがあるんです。国語教育法というもので、演出家の竹内敏晴さんが面白い実験をやってくれました。
広い場所に何人か学生を並ばせておいて、そのうちの1人が、誰かに向かって言葉のボールを投げるようなつもりで話しかける。そして、自分が話しかけられたと思った人は手を挙げてくださいと。
そうすると、実際に話しかけた人とは違う人が手を上げたり、誰も手を挙げなかったりする。それを竹下さんが見ていて、あなたの体がこういうふうに曲がっているから声が向こうに行ったんですよ、きちんと言葉のボールが投げられていませんねなどと、解説してくれた。その時、声って物体なんだ、飛んでいく方向があるんだ、僕らは言葉を体でコントロールしながら投げているんだと、すごく印象に残りました」
その話を聞いて、「漫才も同じですね」と又吉さんが言う。
「舞台にスタンドマイクがあって、漫才師が2人で並んで立つ時に、若手は割と相方のほうを向きがちなんです。それが芸歴を積んでいくと、徐々にお客さんのほうを向けるようになってくる。さらにベテランになるとほとんど背中合わせのような状態に。人に伝えるっていうそういうことやなって」
佐藤教授によれば、「言葉とはそもそも、知らない人たちとの関係を開くために使ってきたもの」だという。漫才師の相方同士のように、知っている者同士の世界にとどまっていてはもったいない。又吉さんがいうように、「想像力と優しさ」をもって、無限大である言葉の力を使いこなしながら、新しい時代を進んでいきたい。