昨年末、IoT(モノのインターネット)分野への進出が話題となったソニー。
「スマートロック・Qrio」という新たな製品・サービスを生んだのは、ソニー・新規事業創造プログラムと米投資育成会社WiLの混合チームだった。
なぜ、このチームが革新の火をつけられたのだろうか。


2014年5月末―。
「もしかしたら協力できるかもしれない」
 ソニー・新規事業創出部IE企画推進チーム統括課長(現・同担当部長)の小田島伸至のもとに一本の連絡が入った。高度な暗号化技術を持つ無線技術のエンジニアからだった。
 小田島は、同年4月からスタートした平井一夫社長直轄の新規事業創造プログラム「Sony SeedAcceleration Program(SAP)」の企画・運営の担当者。企業内での新規事業の育成を目的に、グループ社員十数万人から新規事業アイデアを集めるオーディションや外部のパートナー企業との連携を行っている。
 その一環として、ソニーを含めた大企業10社以上から出資を受け投資ファンドを組成し、大企業の新規事業育成を行うベンチャーキャピタルのWiL(本社・米シリコンバレー)とも何かできないか、と模索していた。

“非連続”の進化

 WiL共同創業者の西條晋一はその数日前、ソニーのエンジニアたちの前で新規事業のアイデアを提案した。内容は、インターネット・オブ・シングス(IoT、モノのインターネット)のスマートロック。スマートフォンやタブレット端末を使い、家やオフィスの鍵の開け閉めができるハードウェアとインターネットサービスだ。
 西條は、インターネットビジネスから世界的なトレンドを見て、以前から高い関心を寄せていた。「シリコンバレーでは、Googleの米Nest買収に象徴されるように、スマートホーム事業が流行している。なかでも、世界中で利用されているAirbnb(エアビーアンドビー)では、家の部屋の貸し借りや利用後の部屋の清掃のため、鍵の受け渡しが必要となる。シェアリング・エコノミーと相性がよく、マーケット拡大が見込める、スマートロックが新規事業としていいのではないか」
 そのアイデアに無線技術のエンジニアが手を挙げたのだ。パソコンのセキュリティ用に開発した独自認証技術が使えるのでは―とのことだった。西條、小田島、エンジニアの3人で話し合った結果は、「できる」。スマートロックの“肝”であるセキュリティが、ソニーのコア技術により実現できることがわかり、「Qrio(キュリオ)」プロジェクトがはじまった。
 とはいえ、暗号化技術だけでは、スマートロックはつくれない。小田島はチームの若手のハードウエア・エンジニアに話をし、入ってもらった。そこで簡単な原理試作品をつくり、参加メンバーを募っていった。ここまで西條の提案から2週間以内。「計画」とは無縁で、ただただ動き続けた。
 その後、アプリケーションが必要だと、ソフトウェアのエンジニアが参加。当時はまだ、事業化できるか調査・検討中だったにもかかわらず、「この指とまれ」のかけ声に、参加するメンバーは徐々に増え始めた。メンバーは基本的に、ソニーで“手弁当”と呼ばれる、残業時間や休日を使用してプロジェクトに取り組んだ。

 その際に西條が気付いたのが、ベンチャーにはない、大企業の強みだ。
「ソニーにはいわゆる暗黙知や知見がたくさんあった。たとえば、ベンチャーでは部品ひとつとっても、探すのに苦労するが、ソニーの場合、それぞれのエンジニアに知見がある。また、知らなくても社内のどこかに専門家が必ずいてすぐに話が聞ける。さらに、すでにソニーとして部品を仕入れているケースでは安く入手できたりする」(西條)
 プロジェクトは日々試行錯誤だったが、プロトタイプの完成度があがるにつれて、品質管理、設計のプロジェクトマネジャー、デザイナーなどが次々と加わり、一時的な参加者、アドバイザーまで含めると数十人近くが携わったという。
「社長直轄のSAPでのプロジェクトだったことで、部門横断的に優秀な人材を集めて、理想的なチームを組むことができた。同じ社員でいながら、ほとんどがこれまで顔を合わせたことがないメンバーだった」(小田島)
 デザイナーとして参加した、ウォークマン®、VAIO、XperiaTMをはじめ、ソニーを代表する製品のデザインを担当してきた平野心平も、ソニーならではの知恵を発揮した。
「ソニー製品として新しいカテゴリーで時間も限られ、ノウハウもない。だからこそ、これまで様々なカテゴリーの製品デザインをしてきた経験が生きた。設計者と毎日話をし、『こういう形がいいんじゃないか?』『こういうモーターがいいんじゃない?』とモックをつくっては、扉に当てることを繰り返し、あらゆる形状や構成を検討し、試行錯誤した」
 なぜ、時間がなかったのか―。それは西條が「年内公開」にこだわったからだ。
「市場感覚としてそう思った。2015年前半に販売しなければと思い、年内に、と。プロジェクト進行中、ソニーが“遅い”と感じたことは一度もなかった。だから、意思決定を早めれば、ベンチャーと同様のスピード感が出て、いけると思った」

 このQrioプロジェクトの最後のアクセルを踏んだのは、ソニーの平井社長だった。スマートロック関連のベンチャーが最もつまずいた「量産」フェーズへの後押しだ。製造を行う、子会社のソニーイーエムシーエスからは当初、スマートロックという、見たことも聞いたこともなく、生産数が少ない製品をつくることに対し、戸惑いが見られた。それを逆転させたのが、平井自らの同社社長への殺し文句だった。「ここはやってくれ」―。それにより、一気に話が進み、12月12日、15年前半の製品発売前に、クラウドファンディングサイトの「Makuake」でプロジェクトの支援者を集いはじめた。目標金額150万円。
 しかし、ふたを開けてみると、「世界最小」をうたい、初めて披露された製品は、その17倍の2,545万円を集めた。

原動力は「強みの融合」

 ソニーとWiLは同12月、合弁会社「Qrio」を設立し、西條が代表取締役を務め、小田島ら3人が取締役となっている。同会社への出資比率はWiLが運営するファンドが60%、ソニーが40%。販売後のサービス運営や製品戦略は同社主導だ。
「ソニーとWiLが組む必然性はあった。ポイントとなるセキュリティはソニーの独自技術を使い、世界で最も破られにくい製品になり、モノづくりの品質管理、量産のノウハウは世界でもトップクラス。一方で、クラウドファンディングのように、ユーザーの声を探りながら製品・サービスづくりをスピーディーに行うのは僕らが長年携わってきたインターネットビジネスの経験が生きる分野。その融合ができた」(西條)
 
15年1月―。アメリカ・ロサンゼルスで開催された国際家電見本市「コンシューマー・エレクトロニクス・ショー(CES)」。ソニーの平井社長は、記者たちの前で自ら「Qrio」の名前を挙げて次のように話した。「近年のソニーとしては稀に見る速さだった。いよいよソニーとしても、スピード感が出てきたと実感している」
 大企業が資産、パートナー企業がアイデア、そして「協働」でイノベーションをつくりだす。“どん底”ソニーとWiLが新連携で、逆襲の一手を打った。

文=山本智之(フォーブス ジャパン編集部)写真=ヤン・ブース

 

SEE ALSO