経済・社会

2020.05.13 18:00

勇気ある内部告発を歓迎せよ。これからの個人と組織のあり方

林 亜季
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内部告発の受け皿として、メディア側も信頼を得るための一層の努力と具体的な取り組みが必要だ。これは一例だが、私がNHK記者だったとき、情報源や取材先と機微な情報をやりとりするなかで、「でもコレ、NHKさんは報道できないですよね…」と何度も言われた経験がある。そのたびに悔しい思いをした(実際には記者がファクトを積み重ねることができたかどうかがすべてである)。

NHKに限らず、報道機関がそのように思われ、信頼されていないことは致命的であり、多くの機会損失を生む。報道機関も、一人ひとりの記者も、勇気あるインサイダーから“選ばれる”立場でもあるのだ。普段の報道姿勢や報道機関自身の組織としてのあり方は常に見られている。

報道機関は、「報道によって不正は明らかにされた」「あの報道で社会はこう変わった」という実績をもっと増やし、見せてほしい。リスクある内部告発に、信頼と結果で応えなければならない。メディアみずから証明してほしい。組織人としてのリスクを背負ってまで公益のために闘う意味はあるのだ、と。それが次の勇気あるインサイダーの誕生につながる。

常日頃から記者がネットワークを構築し、あらゆるチャネルにアクセスしておくことも必要だろう。報道機関がネット上で情報を募り(受動型)、それが取材の端緒となることが増えていることは素晴らしいと思う。一方で、やはり信頼できる記者に直接「打ち明ける」タイプの内部告発のあり方は、これからの時代においても記者が目指すべき姿だ。「この人になら話してもいい」と思わせられるかどうかは記者の仕事の本質であり、醍醐味でもあるはずだ。多くのドアをノックし続けてほしい。ノックされて初めて、話す気になる人が必ずいる。内部告発をただ待つのではなく、積極的に誘引してほしい。

私が知る身近な例では、警察署の入口で1年間、出勤する警察官に毎朝あいさつを続け、名前を覚えてもらうことから始めて2年後に警察内部で起きた証拠ねつ造という不正(犯罪)をスクープした記者もいる。

また、内部告発の個別の事案の性格にもよるが、場合によっては、メディア側の弁護士を取材のどこかのタイミングで記者に同席させ、法律の専門家として情報提供者に「取材源の秘匿」について説明し、安心して協力してもらうことを検討してもいいのではないかと思っている。

組織にとって「隠そうとしても内部告発によって明らかにされてしまう」という心理は、不正の隠蔽の抑止につながり、「隠しようがないからみずから発表して謝罪し、改善しよう」という健全な思考回路にさせる効果も期待できる。

「勇気あるインサイダー」になれるか、守れるか


自分が所属する組織や企業で、不正を目撃した時、不正への関与に自分が巻き込まれそうになった時、あるいは部下や同僚から相談された時、私たちは組織の論理だけでなく公益の視点に立って、正しい判断と勇気ある行動がとれるだろうか。そして、私たちは、勇気あるインサイダーに味方し、守っていく社会をつくっていけるだろうか。Aさんは明日の自分かもしれないのだ。

文=島 契嗣

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