経済・社会

2020.05.13 18:00

勇気ある内部告発を歓迎せよ。これからの個人と組織のあり方

林 亜季

Getty Images

私は大手メディアで事件記者として日々、取材に駆けずり回っていたが、それも平成最後の日までの話で、令和初日からは畑違いのコンサルの仕事に就いている。私の経歴についてはこの記事(「読売新聞→NHK→マカイラ。ある事件記者の転身」)に詳しい。

記者時代は事件ばかり追っていた私が、ビジネスメディアで何が書けるだろうと考えていた時、『Forbes JAPAN』本誌6月号の最終ページに目が留まった。藤吉雅春編集長が「ポジティブ・ジャーナリズム宣言」と書いていた。初めて目にする言葉だ。「ポジティブとは褒めて鼓舞することではない。ポジティブ・ジャーナリズムとは、洞察によって本質を見抜くことだ。多くの人が気づかずにいる、隠された真価を発見することである」という。

正直に言うと、私はこれまで経済誌にジャーナリズムという言葉をイメージしたことはほとんどなかった。

「ポジティブ・ジャーナリズム宣言」は、次のように続く。「明日をつくる意志をもった人々のために、種を運ばなければならない。種とは無数の個人の物語に隠された、明日に生きるヒントである」。微力ながら私も、誰かにとっての「種を届ける人」になることができればうれしい。

コロナ禍で「明日」は不確実性を増している。社会や経済、はたまた今後の自分の人生は一体どうなるのだろう、と思いを巡らせている人も少なくないと思う。外出自粛で私もオフィスに行かなくなって3か月になる。スーツを着ることも、革靴を履くこともない。上司とのやりとりは、もっぱらモニター越しかチャットだ。

テレワークの爆発的普及で、組織(企業)とそこに所属する個人のあり方も再定義されるのではないか。この機会に、個人と組織のあり方、そして内部告発と公益の実現について考えたい。折しも、政府は今国会に「公益通報者保護法」の改正を提案している。

ある疑惑をめぐるAさんの葛藤から考える


こういう話をするのも、実は今春、考えさせられる出来事があったからだ。

3月初旬、知人を通じて、大手企業に勤めるAさんに会った。Aさんは大口の取引先の不正行為を知ってしまった。その不正に自社も巻き込まれている。詳しく話を聞くと、2つの法律に抵触している。物的証拠も残っている。自分の上司も、その取引先の不正を知りつつ、黙認しているのだという。

極めて深刻な不正だった。Aさんに、物的証拠を持って記者に会ってみないかと提案した。Aさんは悩んだ末に後日、知人を通じて断ってきた。会社として取引先の不正に沈黙を貫くことを決めたので取材には協力できないし、物証も渡せない、会社員としてのいまの立場を考えると自分の正義感もそこまでのものではなかった、と。

私は、報道機関への情報(資料)提供というかたちで、Aさんに取材協力(内部告発)を求めた。Aさんはそれを拒んだ。理由は次の通りだ。

・自分の内部告発によって自社に不利益が生じるおそれがあるから
(たとえば自社と付き合いをやめるといった大口の取引先からの事実上の“報復”や、ほかの一般顧客から不正に関与した企業とみなされることなどが考えられる)
・取材源の秘匿に関する不安が払拭されないから
(証拠を渡したのが自分であることが勤務先に発覚すれば、人事上の報復措置などが考えられる)

Aさんの言動や思考は、組織と個人のあり方、公益の実現やジャーナリズムについて考えるきっかけになる。
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文=島 契嗣

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