渋谷では暴動が起きて、新宿では起きない理由

暴動が起きない街、歌舞伎町(写真=手塚マキ)

歌舞伎町は世界一安全な繁華街である。僕はそう思う。ただ、そう思ってはいない人がかなり多くいる。

僕は1997年からホストとして歌舞伎町の人間になった。ホストクラブのキャストから経営側にまわり、「Smappa! Group」の会長として歌舞伎町でホストクラブやバー、美容室などを経営している。

2017年からは歌舞伎町商店街振興組合常任理事を務めている。ホスト時代から22年にわたって歌舞伎町の街を見てきた。しかし、体感として「歌舞伎町は世界一安全な繁華街」と思うようになったきっかけは平成14年のことだ。

50台の防犯カメラが歌舞伎町にやってきたのだ。警視庁生活安全部が繁華街に防犯カメラを大量に設置したのは日本で初めてだった。暴対法(暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律)の効果が出てきたという面もあると思うが、我々住人達は飲み屋トークで「雨の日に傘をさすと防犯カメラに映らないから怖い人が街に沢山いるらしいよ」なんて噂するくらい、防犯カメラの監視を信頼していた。それは同時に、自分たちも悪さをしたらすぐ捕まるという認識の共有でもあった。



更に、歌舞伎町の防犯カメラは警察が設置するものだけではない。一階のお店は大体自店で防犯カメラを付けているのだ。店の種類によって目的はそれぞれにあるとは思うが、道行く酔客が起こすトラブル、あるいは自店で起きるトラブル回避の為など、基本的には抑止力としての効果が強いと思う。実際にダミーのカメラもたくさんある。

警察も防犯カメラの効果を認め、現在ではカメラを5台増やし、更に高性能に切り換え、歌舞伎町1丁目での死角をなくした。そして歌舞伎町に倣って、色んな繁華街で防犯カメラが設置されるようになった。

警視庁のHPによると、防犯カメラ整備地区の刑法犯認知件数は、カメラ設置の平成14年から平成30年の期間で、約半分になっている。私の肌感覚でも路上の喧嘩などを見ることは最近殆どなくなった。

そして歌舞伎町の真ん中に位置する歌舞伎町交番には、警察官が毎日24時間、4交代制で8人いる。歌舞伎町で110番すれば5分も掛からず警察官が来てくれる。24時間体制で歌舞伎町内をパトロールしている警察官も目にする。

「共生はしないが共存はする」


防犯カメラ、そして警察、そういった公的な抑止力がある上で、更に歌舞伎町には私的な抑止力もある。それは衆人環視、人の目だ。

歌舞伎町の路上では前後10メートル、誰の目にも触れられない場所はない。24時間どこでも必ず人がいる。必ず誰かが見ているのだ。そして見られているのだ。

正確なデータは取れなかったが、この10年で歌舞伎町の来訪者数は倍くらいに増えているように感じる。毎日沢山の人が訪れていて、多種多様なお店が林立し存在し続けられているということは、警察やカメラのおかげだけでは成り立たない、連綿と引き継がれてきた「街の秩序」があるからではないだろうか。決して「警察が見ているから」だけではないと思う。



歌舞伎町を訪れたことがない方のイメージで浮かぶような「怖い方々」も勿論居る。でも、そういう方々は、我々が何もしなければ、決して危害を加えることはない。現在は反社会勢力と言われる方々が一般人と揉めることに伴うリスクは物凄く大きい。もしそういう揉め事を起こすようなことがあるならば、組織のトップの責任になるのだ。そんなリスクを背負って一般人に自ら絡むような人は居ない。

彼らが怒るとしたら余程のことだろう。だからと言って彼らを舐めてからかうようなことを歌舞伎町の住人達はしない。

歌舞伎町で働く人や歌舞伎町を遊びのホームタウンにするような歌舞伎町の住人達は、羽目も外すがお互いが一定の緊張感を持って生きているのだ。また、歌舞伎町で働く人は大体歌舞伎町で遊ぶ。最低限のモラルを守って周りに迷惑を掛けないように、それぞれで勝手に暴れるのだ。

歌舞伎町には約600棟のビルがある。1つのビルに10のテナントがあると仮定して、住居、事務所などを多めに見積もって差し引いても約4000軒を超すお店が存在する。いまだかつてすべてのお店を把握した人は一人も居ないだろう。

その数多のお店の中で住人達は、それぞれのテリトリーを持っている。それは物理的なテリトリーではなく、コミュニティと言われているものに近いのかもしれない。自分の安全圏を確保して、そこで心を解放させるのだ。

うちの会社が経営している歌舞伎町内のバーは6店舗ある。その6店舗には各店舗それぞれに固定のスタッフもいるが、どの店舗にも所属しないスタッフが数名いる。そのメンバーが6店舗を回遊して、お客様のテリトリーを拡げてあげるのだ。それは自店舗だけではなく、それぞれがそれぞれのテリトリーを歌舞伎町に持っていて、重なるハブの部分が自店のグループ店舗だということだ。自店だけで留めるのではなく、テリトリーを共有する文化があるのだ。


道端で"安心して"酔いつぶれられるのは街が安全な証拠だと僕は思う

「共生はしないが共存はする」と言うのは長年、歌舞伎町振興組合の事務局長を務めてきた城克さんの言葉だ。正に歌舞伎町を表す言葉だと思う。

決まったルールも線引きもない。歌舞伎町なりのモラルがあるのだ。自分のテリトリーを大事にするということは、他人のテリトリーに対しても敬意を持つということなのだ。

そんな自分のテリトリーを大事にする人々が自分の懇意にしている店の前でたむろして缶ビールを飲んでいる人がいたら当然注意する。ふらっと来た行儀の悪いお客は追い出す。そういう光景を幾度となく見てきたし、自分もしてきた。
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文、写真=手塚マキ

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