AIによる「振り込め詐欺」防止と「AIオレオレ詐欺」の恐怖

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約373.8億円──。この金額が一体何の数字だか、読者の皆さんにはご推測いただけるであろうか。これは、日本の警察が発表した2016年の振り込め詐欺(オレオレ詐欺)の被害総額だ。

振り込め詐欺の被害額は、2014年の約550億円をピークに徐々に減少傾向にある。それでも、いまだに400億円近い金銭が詐欺によって奪われ続けているとは……。ここ数年、警察、自治体、金融機関、そしてメディアが強化している犯罪周知のPRや防犯活動のコストまで含めれば、社会的損失は途方もなく大きい。

最近、この手の詐欺を人工知能(AI)で解決しようという動きが、金融系企業および機関を中心に目立ち始めてきた。ディープラーニングなどAIがめざましい成果を上げている領域のひとつに「音声認識」や「声紋認識」があるが、その能力を詐欺防止に役立てようというのだ。

例えばアジアには、日本以外にも振り込め詐欺など電話を使った特殊詐欺に悩まされている国がある。隣国、韓国だ。韓国の国家機関である金融監督院と国立科学捜査院は昨年、業務提携を発表。その後、詐欺犯の声を抽出・フィルタリングするため、マシンラーニング(機械学習)による声紋解析を行っている。

金融監督院はそれ以前まで、国民が録音・投稿した詐欺犯の電話の声をインターネット上で公開していた。ただ、録音された声を単純に公開しただけでは、犯罪抑止に大して役立たず、犯罪者らを検挙するための画期的な方法を見つける必要性に迫られていた。そこで用いられることになったのがAIだった。

より具体的に説明すると、AIで電話の主の声紋を分析し、振り込め詐欺を複数回にわたり犯しているであろう詐欺犯の声と比較・分析し、犯人を絞り込むというものだ。金融監督院は昨年の段階で、とある一連の事件に関連していると思われる容疑者たちの声紋データを解析。候補を9人にまで絞り込んだそうだ。

金融の現場には振り込め詐欺以外にも深刻な犯罪が多い。クレジットカード詐欺(=不正使用)もそのひとつだ。現在、世界では一日に数十億件のカード取引きが行われていると言われている。カード会社やIT企業などは、多くのアナリストを雇用し、無数の取引きの中から不正なカード使用を見抜く努力を続けている。とはいえ、すべての詐欺を見つけ出すことは物理的に不可能に近い。

そんな課題の克服に挑戦するのが、ドイツのスタートアップ・フラウグスター(Fraugster)だ。同社は専門アナリストの思考を模倣して、詐欺を分析するAIを開発した。すでにVISAなどさまざまな企業に同社サービスが提供されており、今年1月末までに約150億ドル(約1兆7000億円)以上の取引きを監視・処理してきたという。

フラウグスターの詐欺検出AIは、不正が疑われるトランザクションを15ms=15/1000秒で検出。約70%の詐欺行為を事前に遮断することができるとされている。仕組みとしては、名前、電子メール、請求先、配送先などの基本的なデータに加え、過去の取引き内容、場所のIP待機時間、IP接続タイプなど2000項目以上のデータを利用して、AIがカード使用に疑いがないかリアルタイムで判断するというものだ。

ちなみにフラウグスターの共同創業者であり、CTOを務めるチェン・ザミール(Chen Zamir)氏は、元イスラエル国防軍情報分析要員という独特の経歴の持ち主でもある。
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文=河鐘基

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