「起業立国」を目指す北欧の小国、フィンランドの素顔

スラッシュ Slush/毎年初冬にヘルシンキで開催される北欧最大のテクノロジーカンファレンス。2016年は120カ国以上から約1万7500人の起業家、投資家、報道関係者が参加。今年3月29〜30日に東京ビッグサイトで第3回「Slush Tokyo」も開催予定。


学生組織「アアルトES」の活動拠点になっているガレージ風の建物を訪ねると、ちょうどハッカソン「ジャンクション」が行われた週末の直後だったため、フロアには徹夜で消費されたエナジードリンクのゴミ袋が山積みになっていた。

大部屋では地元の投資家たちによるセッションが行われていた。起業支援キャンプ「スタートアップ・サウナ」のプログラムの一つだという。

スタートアップ・サウナは10年に学生たちが立ち上げた5週間のプログラム(やはり非営利活動だ)で、これまで200社以上のスタートアップが卒業している。16年には30社ほどの参加枠をめぐって世界中から約1500社の応募があったというから、人気はきわめて高い。

その狭き門を通過してスタートアップ・サウナに参加したTalentAdoreのサク(前出)は、フィンランドのスタートアップの強みをこう語る。「フィンランドの素晴らしい点は、ここがテストマーケットになること。人口が500万人程度しかない。人々はオープンマインドで、新しいことを試したがる。ここで成功すれば、ほかの国でも成功するはずです」

一方、スタートアップ・サウナの代表で、以前アアルトESの副代表を務めていたという男子学生、パヌ・パリヤッカ(25)は別の側面を指摘する。

「(フィンランドは)コミュニティのエコシステムがしっかりしている。互いに助け合えるプレーヤーがいて、支え合う文化があって、困っていたらコーヒーを飲みながらアドバイスをもらえたりするんです」

さらに、フィンランド人の気質もスタートアップの経営にプラスになっていると語った。

「『sisu(シス)』という言葉があります。一般に『我慢』や『忍耐』などと訳されますが、英語には正確な訳語がないようです。『どんな逆境でも知ったことか、やってやるぜ!』という考え方ですね。典型的なフィンランド人のメンタリティです。だから、どんなに厳しい困難でも乗り越えられるのだと思います」

年間2000人が通う「実験工房」

アアルトESの活動拠点のすぐ隣には「アアルト・デザインファクトリー」と呼ばれる施設があり、工作機械などが並ぶ。ここでは40以上のコースが提供され、年間2000人近い学生たちがプロトタイプ製作の手法などを学んでいるという。アアルト大学の学生なら、専攻を問わず誰でもコースをとることができる。在校生が約2万人なので、10人に1人が通っている計算だ。

同大学の工学科の卒業生で、「製品開発コース」のアシスタントコーチを務めるサウラブ・インガレ(30)は言う。

「このコースでは企業と提携し、『プロブレム・ベースト・ラーニング(PBL)』と呼ばれる手法を採用しています。学生たちは数人のチームを作り、企業から課題の相談を受け、1年間(9カ月)かけて答えを導き、プロトタイプを製作します。各プロジェクトには1万〜5万ユーロの予算がつき、学期の最後に企業にプレゼンします」

製品開発コースを含むいくつかのコースでチームを組む際には、必ず守らなければならないルールがある。それはチーム内にビジネス、工学、アート専攻の学生をそれぞれ1人以上入れることだ。サウラブはこう説明する。

「工学専攻とビジネス専攻の学生では物の見方が違います。同じ会議に出席しても、1人だと顧客の要望をうまく汲み取れないこともある。社会に出てからミスをすると大きな損失をこうむりかねないけど、学生なら取り返しがつくし、いい経験になる。失敗から学べるからです。専攻が違う人たちと一緒に仕事をすることで、いろんな視点を学べるんです」

デザインファクトリーでのプロジェクトを事業化し、そのままクラスメイトと会社を興す学生たちもいるという。
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文=増谷 康

この記事は 「Forbes JAPAN No.32 2017年3月号(2017/01/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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