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主催者によると、昨年ヘルシンキで開かれたスラッシュには、スタートアップ2336社、投資家1146人、報道関係者610人が参加したという(参加者の約6割が北欧、ロシア、バルト三国、東欧から)。なお日本からの参加者は少なかったが、福岡市が広め の展示ブースを出して、起業家支援の取り組みなどを積極的に紹介していた。このメインイベントのほかにも、市内の各所で300ほどの“サイドイベント”(公式イベントも含む)が開催され、街全体が起業・テクノロジーの熱気に沸いていた。

ゲーム会社のRovioやSupercellをはじめとする有名スタートアップを生み出し、海外のテクノロジー企業も進出を加速させている北欧の小国フィンランド。「起業立国」を目指す同国の取り組みを、ヘルシンキの現地レポートで探った。


「フィンランドに生まれたら、自動的にグローバルになれる。そこが君たちの強みだ。実際、成功するスタートアップも出てきて、いいエコシステム(生態系)ができつつある。アメリカではパスポートを一生とらない人も多いんだから」
 
そう自虐的なコメントを真顔でするのは、クリス・サッカ(41)。スタートアップの世界で知らぬ者のいない、シリコンバレーの伝説的なエンジェル投資家だ。
 
クリスは昨年11月末、ヘルシンキで開かれたスタートアップの祭典「Slush(スラッシュ)」でゲストスピーカーとして登壇し、フィンランドの企業への期待感を示した。

つい最近まで通信大手ノキアの衰退により苦しんでいたはずの北欧の小国フィンランドが、欧州有数の「スタートアップ立国」へと生まれ変わろうとしている。

ヘルシンキにはノキアを買収したマイクロソフトやGEなどの大手企業から、マジックリープのような有望な新興企業までが続々と拠点を開設。同国のスタートアップ投資は右肩上がりで増加し、大型調達のニュースも相次いでいる。昨年、KNL Networks(ワイヤレス通信)は北欧の「シリーズA」史上最高の1000万ドル(約11億円)以上を調達。またM-Files(文書管理)はスラッシュで出会った投資家らからフィンランド史上最高額となる3300万ユーロ(約40億円)を獲得した。

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スラッシュで2つのピッチコンテストに出場した人事系スタートアップ、TalentAdoreの共同創業者兼CEO、サク・ヴァルカマ(44)は本誌にこう語った。

「10年前、優秀な学生たちはノキアに就職したがったけど、今は起業家を目指すようになった。スラッシュが人々の意識を変えたんです。スタートアップをリスペクトするようになった。フィンランドでは起業家になったあとでも、大企業に就職できますよ」

学生たちの“草の根運動”

昨年、スラッシュの参加者は1万7000人を突破。イベントの運営予算は年間1000万ユーロに上るという。興味深いのは、この巨大なイベントを運営しているのが、テクノロジー企業でも投資会社でもメディアでもなく、地元の大学生たちという点だ。

スラッシュはもともと2008年にヘルシンキの起業家数人が交流の場として始めたイベント。それを地元の学生たちが11年に引き継ぎ、投資家やメディアを巻き込んで世界的イベントへと急成長させた。

現在は市中心部に事務所を構え、25名ほどの学生たちで運営しているが、数年前までアアルト大学の学生団体「アアルト・アントレプレナーシップ・ソサエティ(通称、アアルトES)」の一部門だった。このアアルトESは学生組織ながら「欧州最大の起業コミュニティ」とされ、なんとスラッシュのほかにも、有力な起業支援キャンプ「スタートアップ・サウナ」(後述)や欧州最大のハッカソン「ジャンクション」などを生み出している。

つまり、今日のフィンランドの起業ブームは、学生たちによる“草の根運動”なくして実現しなかったといっていい。

スラッシュはNPOであるため、利益を上げることが目的ではない。だが、これだけの規模のイベントなら、十分に黒字化できそうなものだ。なぜ営利事業にしないのか。スラッシュの代表を務める現役女子学生、マリアンヌ・ヴィックラ(24)は「短期的には儲けることもできると思う」としつつ、こう答えた。

「イベントの成功は純粋にコミュニティによって作られています。ボランティアの学生たちやアドバイザーになってくれる有名起業家たちは皆、私たちと同じ志をもって、自発的に協力してくれています。もしイベントを金儲けの道具にしようものなら、起業家たちは協力しないと思うし、学生たちも『変化を起こそう』と熱い気持ちにはなっていないと思います」

文=増谷 康

 

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