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1977年にノーベル化学賞を受賞した、イリヤ・プリゴジン博士が、かつて、その著作の中で、次の言葉を述べている。

我々人間は、自然から生まれて、なお、自然の一部である。

この思想は、21世紀において、極めて重要な思想となっていくだろう。

なぜなら、我々は、永く続いた欧米文化の影響で、「自然」と「人工」というものが対立的な概念であると教えられてきたからである。

しかし、これからの時代の地球環境問題に処するためには、実は、この概念そのものを、再考する必要がある。

その再考のために、重要な示唆を与えてくれるのが、『ソラリスの陽のもとに』などの作品で世界的に知られるSF作家、スタニスワフ・レムの問題提起である。彼は、ある随想の中で、次の問題を提起している。

我々は、森の中で蜂の巣を見つけたとき、その美しい六角形の幾何学模様の巣の形を見て、「自然の造形は、何と美しいのか」と感じるだろう。そのとき、我々は、それを「自然」の営みと思い、決して「蜂工」とは思わない。

しかし、我々は、人間が作ったものを「人工」と考え、自然が作ったものを「自然」と考える。

それは、なぜか?

このスタニスワフ・レムの問いかけに対する答えは、明確であろう。

欧米文化においては、「自然」というものは、常に、「人間」の科学や技術によって「征服」されるべき対象であったからである。そのことが、「自然」と「人工」を対立的な概念とする思想を生み出してきた。

そして、この欧米文化に由来する思想が、近年の日本文化にも、強い影響を与えている。

その一つの象徴が、深刻化する地球環境問題や地球温暖化の中で、しばしば使われるようになった「共生」という言葉であろう。すなわち、自然環境や地球環境を破壊することなく、「人間」と「自然」が共生するという思想である。

この言葉は、いまや、環境問題を語るとき、必ず使われるキーワードとなっているが、実は、日本の文化において自然を語るとき、この言葉は、最も深い思想を述べた言葉ではない。

なぜなら、この「共生」という言葉は、善き願いを込めた言葉ではあるが、その背後に、依然として、「人間」と「自然」を別なものと考える思想が潜んでいるからである。そのことは、この「共生」という言葉を、英語に訳してみれば明確であろう。

文=田坂広志

 

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