マリアンヌ・ヴィックラ/Marianne Vikkula(24) スラッシュのCEO。2012年よりスラッシュにボランティアとして関わり、ファイナンスやパートナーシップ、セールス担当などを経て、16年夏より現職。アアルト大学の現役学生で、インダストリアル・エンジニアリング(経営工学)を専攻する。

2016年11月30日~12月1日にフィンランドの首都ヘルシンキで開かれたスタートアップ・イベント「Slush(スラッシュ)」には、世界各国から1万7,000人を超える起業家や投資家、報道関係者が集まった。

「世界一クールな起業イベント」とも称されるスラッシュは、いかにして注目のイベントへと成長したのか。開催の前日、ヘルシンキ市内にあるスラッシュのオフィスで、CEOを務める現役女子学生、マリアンヌ・ヴィックラを直撃した。


――まず、スラッシュがどのようにして始まったのか教えてください。

スラッシュは08年にヘルシンキ在住の起業家たち6人が立ち上げました。当時、ヘルシンキには起業家同士をつなぐエコシステムがありませんでした。それなら起業家が集まるイベントを作ろうということで、彼らはスラッシュを始めたんです。

第1回目の開催(08年)では、250人くらいが集まりました。ほとんどがヘルシンキを拠点とする起業家で、まだ投資家やメディア関係者はいませんでしたね。その後10年までは、同じようなモデルで、つまり同じ志を持つ起業家同士がつながるイベントとして続きました。

変化があったのは11年。6人の起業家たちはそれぞれ自分のビジネスが忙しくなり、スラッシュに時間もお金も取られすぎるようになっていました。たとえば、ピーター・ベスターバッカ(当時Rovioの幹部)は会社が急成長して、本業がとても忙しくなった。そんな中、創設者たちはこのイベントをはたして続けるべきどうか、迷い始めていたんです。

ちょうどその頃、フィンランドではアアルト大学の学生たちが「起業運動」を起こしていました。彼らはすでに「アアルト・アントレプレナーシップ・ソサエティ」(通称、アアルトES)という学生組織を作って、起業やイノベーションをテーマにした講演やフォーラム、コンテストなどのイベントを開催していました。そして次にどんなことができるか、模索していたんです。

そこで11年から、アアルトESの学生たちが主体となってスラッシュの活動を引き継ぐことになりました。それがスラッシュのマインドセットを大きく変えるきっかけになりました。ヘルシンキの起業家たちが集まるだけのイベントから、スタートアップや投資家たちが集まるグローバルなイベントへと変貌を遂げたんです。


スラッシュを創設した起業家の一人、ピーター・ベスターバッカ。今もスラッシュのアドバイザー(顧問)として学生たちの活動を支援している。

――スラッシュを引き継ぐにあたって、それまでのやり方を変えようとした部分はあったのでしょうか?

はい、学生たちは最初に3つのゴールを掲げました。

1. 北欧の人々の「起業」に対する見方を変えること。もっとポジティブで、起業をキャリアの選択肢の一つにすること。

2. 起業家たちのスキルセットを磨き、グローバルなマインドセットを育てること。起業家たちがプロダクトをグローバルに展開できるようにすること。

3. ベンチャーキャピタルへのアクセスを提供すること。投資家たちをイベントに呼んで、スタートアップと交流できる機会を設けること。

この3つのゴールをもって、今日までスラッシュを続けてきたわけです。

学生たちが引き継いだ11年から14年までは、参加者数が毎年、ほぼ倍々で増えていきました。11年は1,500人、12年は3,000人、13年は7,000人、14年は1万4,000人でした。そしてそのあとはだいたい同じような規模感でやっています。

Interview and Photographs by Yasushi Masutani

 

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