Seth McConnell / gettyimages


ファッション雑誌があり、「この髪型にするなら、いま一番モテる」なんて話をしゃあしゃあと説明する。この辺りまでは、原宿のサロンようなイメージかもしれない。ところがカットの間に、窓の外を一人のブロンドの女の子が通り過ぎたら状況が変わってしまった。

窓際でカットしていた僕の担当は、自然にその子と窓越しに会話をはじめた。友達かと思いきや、ただの通りすがり。そのうち、ハサミを持つ手を休め会話が盛り上がり、しまいにはお客の僕に「早いけれどコーヒータイムだと思う。僕はあの子にジェラートをご馳走する約束をしたので、今日はいかなきゃ行けない。すまんが明日来てくれ」と言う。「(ジェラートに)一緒に来てくれてもいい」とまで言う。映画の一場面のようで楽しかった。

その時出会った美容師はその後、僕がいたNYにブロンドの彼女と遊びに来てくれた。同じようなブロンドの可愛い子だったので、何気なく「この子はあの時の女の子か?」と聞いたら「もちろん新しい子だ」と言っていた。イタリア男には憧れる。

お隣の中国は同じアジア圏だが、相当な違いがある。最近は日本風のサロンが増えたのは事実だが、一見お洒落だがメニューやサービスは昔ながらというサロンも多数ある。

中国ではカットではなくシャンプーをお勧めしたい。どうも水を使わないのが基本メニューらしい。鏡の前に座ったところで、頭にシャンプー液が直接流される。そのまま泡立ててシャンプーするが、その頃はすでに顔も泡でぐしゃぐしゃだ。言語の壁もあり、なかなかコミュニケーションが取りづらい。

お洒落なお店だったので隣のお客を恐る恐るチラ見すると、やはり泡で顔がぐちゃぐちゃである。どうも、それがスタイルらしい。服もけっこう汚れて、お店に入る前より、雑な自分になってしまった。今頃は改善されていると助かる。

最後は、インドの美容室である。インドでも、チャレンジ精神でカットをお願いしにいった。お店の看板に電気がついていて、男の子がたくさん集まっている。椅子にも座っている。ドアとかはないので、露天商さながらのお店だった。

インドは英語も通じるので助かるが、行っても始まらない。カットをお願いすると、今日は宗教上はさみを使えない。「ただ暑いのでみんなお店にいる」と真顔で答えがきた。きょとんとしている、屈託のない笑顔で「僕らはその代わりチェスをしている。よかったら一緒にやらないか」と誘われた。

夕方の鐘がなると、美容室再開するらしい。ただ夕方までいなかったので再開したかはわからない。

失われつつある「日本らしさ」

日本はいまサービス立国で、「おもてなし」が声高々に叫ばれている。日本文化は特徴と歴史がある強い文化だ、なんて記事も多数みかける。美容室もやたらとレベルは高く、世界トップであることは間違いない。ただ、海外で感じた面白さには勝てないことが多い。美容室のことで思い出になる場面があるのか。縁側で髪切るような世界があれば風流な気がする。

外国人を迎える駅がどんどん改装され綺麗になっていく。和式便所は個人的には大嫌いなのでなくしてほしいが、どこ行っても同じようなカフェなどではなく、立ち食い蕎麦や立ち食いたこ焼きがあるのが風情あっていいと思う。特に世界の国の人が雑多に集まって立ち食い蕎麦とかラーメンを食べている駅があれば、それこそ旅の楽しみのど真ん中の気がする。

文=朝吹大

 

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