モディ首相は、テレビ演説で11月9日午前零時から現行の500ルピー(約800円に相当)紙幣と1,000ルピー紙幣が無効となる旨発表。この二つの高額紙幣は、インドで発行されているすべての紙幣の合計価値の86%を占める。わずか4時間後に市場に出回る現金の大部分が無効となるという大胆な政策により、インド経済は混乱に陥った。
筆者は、高額紙幣が廃止された2週間後にインドを訪問したが、インド国民はいまだ現金不足に悩まされていた。廃止された紙幣は年内には銀行で新紙幣と交換することができるが、新紙幣は不足しており、銀行では長蛇の列ができている。
インドの取引の大部分は現金決済に依存しており、国民の半数は銀行口座すら保有していない。このため、自動車販売が大きく落ち込むなど実体経済にも影響が出ている。日系の自動車企業も工場の稼働を休止したという。
現金の不足は、人々の生活からビジネスに至るまで経済に大きな打撃を与えるとみられる。インドは6四半期連続で7%超の経済成長を実現し、主要新興国の中でも高い水準を維持してきたが、その好調にもブレーキがかかることになりそうである。16年の経済成長率は0.5~1%押し下げられるとみられている。
インド政府の政策は、一見すると「暴挙」にも映る。実際、ローレンス・サマーズやアマルティア・センといった著名な経済学者は、経済に与える混乱を指摘し、厳しく批判している。
ところが、インド国内ではこの政策に対する評価は悪くない。筆者は、経済学者、ジャーナリスト、政府関係者といった有識者から、ビジネス関係者、さらには銀行の長蛇の列に並んでいる一般のインド国民に至るまで、幅広く様々な人々から意見を聴取したが、ほぼすべての人の意見が「短期的な不便はあるが、政策自体は支持している」という点で一致していた。
もちろん、国内では激しい議論が交わされており、特に野党勢力の批判は激しい。しかし、その批判のポイントも、多くは、「政策自体は間違っていないが、やり方が乱暴すぎる」というものである。政策の理念自体は幅広く支持され、公平にみても、評価は「割れている」というにとどまる。
海外では「暴挙」とも言われる措置が、インド国内でここまで評価される背景には何があるのか。
大きな理由は、1) ブラックマネーの撲滅と 2) 現金経済からの脱却というこの政策の意義がよく理解されているからである。