格差にあえぐ農村で住み込み調査、「中国市民の実態」を最もよく知る日本人

東京大学大学院総合文化研究科准教授阿古智子。写真=ヤン・ブース


テレビをつければ、毎日のように反日ドラマが流れている。立ち退きで人が消えたスラム街に暮らすセックスワーカーの家に招かれ、彼女の夫の目の前で話をきいたこともある。電話の会話が盗聴されるのも日常茶飯事だ。しかし阿古にとってそれは武勇伝でもなんでもなく、中国という国を知るための当たり前の手段なのだということが、冷静で淡々とした語り口から窺える。

阿古にとって何よりも大切な情報源は、現地の人々の生の声だ。家に泊めてもらい、同じものを食べ、彼らに弟子入りするように一緒に手足を動かして働きながら言葉の端々から考えを拾っていく。いくら中国語が堪能でも、農村の人々にとって阿古はあくまで外国人の研究者であり「よそ者」だ。心を開いてもらうまでには相当の時間がかかるし、心ない事を言われる事も多い。しかし一度心を開いてしまえば、日本では考えられないほどの濃い付き合いが待っている。人間社会の縮図を見ているようなおもしろさに、阿古はどっぷりとはまっていった。
 
社会調査をする側というのは、ある意味でとても無責任なのだ、と阿古は言う。「生活者と同じ立場にいるふりをして知りたい事だけ知って、最後は引かないといけない」からだそうだ。

しかし、部外者だからわかることもある。活動家の中には、想いがエスカレートするあまりに暴力的な手段を当たり前に思う人も多いそうだが、部外者が介入することで、他の手法を探ろうという思考が生まれる。また、声をあげる中国の有識者の友人が次々と逮捕されるなか、外国人という立場が有利なこともある。「逮捕されても牢屋に入れられることはまずない」と、達観している。

「自分のことを半分中国人だと思っている」と阿古は言うが、日本人としてのもう半分が持つ冷静な視点を保つことが、阿古の現在の役割なのだ。

Q1 人生で最も辛かった経験は?

小学校高学年で始まった母の闘病と中学校3年の時の死去。弁護士や活動家の中国の友人の逮捕。

Q2 ターニングポイントは?

香港の大学院で社会調査の手法を学び、学問と社会実践を結びつける楽しさを知ったこと。

Q3 影響を受けた実在の人物は?

アンネ・フランク、向田邦子、三浦綾子、有吉佐和子

Q4 原動力となる言葉

「順其自然」ありのままでいる、自然の流れに身を委ねる、自分らしくある、という意味。

阿古智子 東京大学大学院総合文化研究科准教授。1971年大阪府生まれ。大阪外国語大学外国語学部中国語学科卒、名古屋大学国際開発研究科修士課程修了、香港大学教育学系博士取得。在中国日本大使館専門調査員などを歴任。

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編集 = Forbes JAPAN 編集部

この記事は 「Forbes JAPAN No.26 2016年9月号(2016/07/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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