プロフェッショナルの「奥義」とは何か[田坂広志の深き思索、静かな気づき]

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学生時代、スキーを習っていたときのこと。急な斜面の滑り方を覚えるために、若手のコーチについて教わっていたが、なかなか滑れるようにならなかった。その若手コーチは、緩やかな斜面で、スキーのエッジの利かせ方、膝の屈伸、体重の抜重、前傾姿勢、ストックの使い方など、個別の技術について、一つひとつ懇切丁寧に教えてくれる。しかし、それぞれの技術については、何度も練習し、身につけたはずなのだが、実際に急な斜面を滑ってみると、うまく滑れない。そうして悪戦苦闘していると、それを見ていた年配のコーチが、一言、アドバイスをくれた。
 
君は、斜面を怖がっている。転ぶことを恐れずに、斜面に飛び込んでみなさい。

この言葉を聞き、腹を括り、思い切って斜面に向かって飛び込んだ。その瞬間、驚いたことに、それまで身につけてきた個別の技術が一つになり、全身が自然に動き、急斜面も滑れるようになった。

思い出深い瞬間であるが、この体験から、二つ、大切なことを学んだ。一つは、プロフェッショナルが高度な能力を習得するとき、身につけた個別の技術が、「全体性」を獲得する瞬間があるということ。もう一つは、その瞬間は、「技術の在り方」ではなく、「心の置き所」と呼ぶべきものを掴んだとき、訪れるということ。

実は、このことは、スポーツの世界だけでなく、ビジネスの世界でも、共通の真実である。例えば、一流のプロフェッショナルが発揮する高度なプレゼンテーション能力。それは、プレゼン資料の作り方、スライドの映し方、切り替えのタイミング、プレゼンの姿勢、身振り手振り、表情や眼差し、そして発声など、一つひとつの技術を習得しただけでは、決して身につけることはできない。そうした個別の技術を磨いても、なかなか、顧客の共感を得られるプレゼンテーションができないとき、ふと、優れたプロフェッショナルからアドバイスを受ける。

君は、「顧客に売りつけてやろう」という気持ちが強すぎる。顧客は、その操作主義を感じ、気持ちが離れていく。君の説明は、流暢だが、どこか「上から目線」になっている。その無意識の傲慢さを、顧客は感じ、気持ちが冷めていく。
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文 = Forbes JAPAN

この記事は 「Forbes JAPAN No.25 2016年8月号(2016/06/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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田坂広志の「深き思索、静かな気づき」

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