ビジネス

2016.08.08

MITメディアラボ 伊藤所長が明かす「お金」の未来予想図

MITメディアラボ第4代所長・伊藤穰一(アーロン・コトフスキー=写真)


デジタル通貨やブロックチェーンのさらなる実用化に向けた動きは、現在も加速している。例えば中央銀行内では、デジタル通貨を中央銀行が発行し、国民から直接預金を受け入れることについて、議論が交わされている。この現状は、ビットコインの開発が、政府や中央銀行に規制されない自律分散型のシステムの構築を目指してはじまったことを考えると、興味深い。

また、シンガポールでは自国の国債をブロックチェーンによって発行するという提案がなされている。もし、国債をネット上で簡単に取引できるようにするというはじめてのチャレンジが成功すれば、他国も後を追う可能性も大いにあるだろう。中央銀行発行のデジタル通貨、ブロックチェーン上で流通する国債ーかつては想像のできなかったアクターが、現在ではその導入を検討しはじめている。

ここで、デジタル通貨とブロックチェーンという新しいテクノロジーが導く“そう遠くない未来”について、考えてみたいと思う。

まず到来するのは、ブロックチェーンを使って、個人が仲介人なしに直接投資をする社会だ。仮に取引の安全性が確保され、透明性の高い会計システムに基づいた、ブロックチェーンを使った金融商品がたくさん流通したとしよう。その際には、ユーザーが自分のお金をマネジメントすることをサポートする、新しいメディアの登場に期待したい。

例えば、Googleという検索メディアの登場により、それまでは医者の診断を一方的に信用していた患者が、検索で得た情報をもとにして、医者と相談しながら治療を進めることができるようになった。それと同様に、ユーザーのリスクポートフォリオに合った商品を探す検索エンジンや、AIなどを使って監査法人の代わりに個人に投資先の事業情報を伝えるメディアが誕生すれば、ユーザーも証券会社に一任することなく、自分の資産のマネジメントに参加することができるようになるだろう。

最後に、さらにその遥か先にある「お金の未来」を想像してみようと思う。例えば、労働者が不利になるものには投資したくない、環境に良いものだけにのみ投資をしたいといった、「単純にお金を増やす」という通常の経済原理以外に従って、投資をする人々がいるとしよう。

このような経済原理の外にある”複雑な気持ち”が、アルゴリズムによって汲み上げられ、市場に反映されたらどうなるだろうか。その時、それまでは単純な損得だけで動いていた市場は、自分たちの気持ちが含まれたセンシティブな市場へと姿を変えるはずだ。

これが私の考える「お金そのものが、賢くなった未来」だ。その未来では、金利や経済政策など、市場に関わる重要事項が限られた人間の判断によって、決まることはない。AIが「人々が何を重要視しているか」を分析し、市場に反映することによって、自動的に物事が決まるのだ。そのとき人間は、バグがないか、セキュリティーに問題はないかというように、システムをチェックする役割を担うこととなるだろう。

人間によるクローズなトップダウンから、アルゴリズムがチューニングするオープンなボトムアップへー人々の気持ちが、市場を動かしていく未来を、私は想像している。

インターネットの黎明期にはウーバーのようなアプリが出てくることは想像できなかった。楽観的な未来像ではあるが、デジタル通貨、ブロックチェーンの先に待っているかもしれない「お金の未来」に、私はワクワクしている。そして、そんな良き未来を創っていくことができると、私と仲間たちは信じている。

伊藤穰一◎MITメディアラボ所長。1966年 京都生まれ。タフツ大学でコンピュータサイエンス、シカゴ大学で物理学を学ぶ。日本でのインターネット普及に尽力。投資家としてツイッター、シックスアパートなどのベンチャーを支援。デジタルガレージ、ニューヨーク・タイムズ、ソニーの取締役、ナイト財団、マッカーサー財団、モジラ財団などの理事を務める。

速水健朗◎ライター。著書に『東京どこに住む?』『フード左翼とフード右翼』『1995年』など多数。

文=Forbes JAPAN編集部

この記事は 「Forbes JAPAN No.25 2016年8月号(2016/06/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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