川和まり Emotomy共同創業者兼CFO (photograph by Ramin Rahimian

西海岸でも金融、フィンテック企業が集積する、サンフランシスコの北部。金門橋を渡った半島の先にあるティブロンは、豪邸が立ち並ぶ地域だ。中でも、丘の上の一等地に、川和まりが夫と共に経営する資産運用会社と、金融ロボアドバイザーの開発・運営会社の自宅兼オフィスはある。

「ここ数年で、アメリカで若年層の、まだ金融資産が少ない顧客向けのロボアドバイザーの普及が進んでいます」。川和の会社、Emotomyが提供するのは、B to Bに特化したロボアドバイザー。米国の中小の資産運用会社にホワイトレーベルで提供するロボだ。
 
川和はNYで15年、サンフランシスコで4年、金融のスペシャリストとしてのキャリアを持つ。ターニングポイントは、2008年の金融危機。デリバティブ、証券化商品ー今
まで自分が最先端だと思って関わってきたものが、まさに世界的危機のきっかけとなった。自分のやってきたことは何だったのだろう、と疑わざるを得なかった。前後して、会社を辞め、夫と共に会社を経営しながら、いくつかのソーシャル・インパクト事業を始めた。「フォーゲット・ザ・シンデレラ」は、そのうちの一つだ。夫との死別や離婚など、不測の事態に対応できない女性たちを多く見てきた。「どんなに教養のある女性たちも、困ったら誰かが助けてくれるはず、というおとぎ話のような幻想を信じているふしがある」。家庭内の金融、いわゆる投資・貯蓄に日頃から関心を持つように啓蒙。30代前半から60代の女性たちに向け、定期的にセミナーを企画する。他にも、教育や環境関連のプロジェクトで固定観念に縛られた社会の尻を叩き続ける。「経験を積むに従って、納得できないことはしたくなくなる。1つのことを掘り下げるやり方もありますが、私は色々なことに興味をもって行動し、それがつながっていくのを楽しみます」。自分らしさを失わず、目標を達成することが人生のチャレンジだ、と川和は軽やかに語る。



Q1 人生で最も辛かった経験は?


2008年の金融危機の時。自分が信じてやってきたことが、根底から崩されるのを感じた。

Q2 ターニングポイントは?

34〜5歳の時。それまで真面目に働いて順調に昇進したが、会社内での政治の壁にぶつかった。

Q3 影響を受けた実在の人物は?

良くも悪くも、金融時代の上司。部下の間は可愛がってくれたが、同僚になった時に態度が180度変わった。

Q4 原動力となる言葉

「Go the Extra Miles」。限界だと思った時、もう少し頑張ってみようと思う。

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文=岩坪文子

 

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