紀伊国屋書店会長が語る「スポーツと読書に学ぶ経営学」

高井昌史 紀伊國屋書店 会長兼社長 (photographs by Mao Yamamoto)

出版不況、市場縮小といわれるなか、昨年は村上春樹エッセイの初版9割を買い取りして世間を沸かせた紀伊國屋書店。高井昌史会長兼社長に好きなスポーツの話と読書習慣のコツを聞いた。

ー成蹊大学時代は準硬式野球部で主将を務められたとお聞きしました。

高校野球で活躍した選手もいて、かなりレベルは高かったです。当時は自我の強い学生が多く、まとめるのが大変でしたが、おかげで統率力やリーダシップが身につきました。紀伊國屋書店は海外に27店舗ありますので、いまも出張の折、時間があればメジャーリーグやアイスホッケー、ラグビーなど、世界の一流スポーツを観戦します。ラグビーでは「One for all, All for one」という言葉がありますが、それは企業経営にもつながると思います。スター選手だけがチームの要ではない。地味だけど堅実なプレイヤーがチームに欠かせないように、普段は目立たないけれど誠実に働いてくれる従業員がいてこそ、会社は成り立っていると思うのです。

ー社長業という仕事柄、タイムマネジメントで気をつけていることはありますか。

基本中の基本ですが、待ち合わせや会議は絶対に時間を守ります。小学校時代は無遅刻・無欠席でした。勉強は嫌いでしたが(笑)、学校に行くのは社会生活を送る人間としてのルールだと思っていた。だから毎年の社員採用でも、人事担当者には「大学にきちんと通ったかどうかを重視せよ」と伝えています。

あとは読書の習慣があるかどうかですね。私は読書もスポーツと同じように修練だと思っています。スポーツに日々の練習が必須なように、本を読む習慣を子どものうちに身につけなければいけない。いまの親は読み聞かせこそするものの、小学3、4年生で中学受験の準備が始まると、読書をさせなくなる。しかし朝の読書運動の実施率が高い秋田県、富山県、福井県は、文部科学省の学力テストの成績が高いというデータがある。読書と学力の相関関係は確実に存在すると私は思います。

ー以前にも「良書が300冊あれば良い子が育つ」とおっしゃっていますね。

ええ。家に良書さえあれば、子どもはきちんと手にとります。あとは学校の図書館にきれいな蔵書を揃えて、司書教諭を配置することが重要です。本を読めば、倫理を学べる。社会の仕組みやルールも理解できる。いじめだって減るのではないでしょうか。

ー最後に、ご自身の経営において、影響を受けた方はいらっしゃいますか。

ひとりは創業者の田辺茂一です。文化人と幅広い交流を持ち、新宿の紀伊國屋ビルに劇場の「紀伊國屋ホール」と、絵画を展示する「紀伊國屋画廊」(現在は閉鎖)を併設しました。文化そのものを愛し、後世に継承しようとした粋な人です。もうひとりは大学時代の恩師、朝倉孝吉先生です。先日、朝倉先生の言葉や論文を編纂し、『日本人が忘れてはいけないこと』という本を上梓しました。成蹊学園の名は「桃李不言 下自成蹊」という故事に由来し、「桃や李(すもも)はものを言うわけではないが、美しい花を咲かせ、おいしい果実を実らせるため、自然と人が集まり、そこに蹊(こみち)ができる」という意味です。桃や李は人徳のある人の譬(たと)えで、朝倉先生はまさにそのような優れた人格者でした。私はまだ足元にも及びませんが、これからも精進していきたいと思っています。

たかい・まさし◎1947年、東京都生まれ。成蹊大学法学部を卒業後、71年に紀伊國屋書店に入社。各地の営業所長、取締役、副社長などを経て、2008年に社長就任。15年より現職。財団法人出版文化産業振興財団常務理事なども務める。

堀 香織 = 構成 山本マオ = 写真

この記事は 「Forbes JAPAN No.21 2016年4月号(2016/02/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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