ゲームや映像体験の次は「ソーシャルVR」

フィリップ・ローズデール / photographs by Ramin Rahimian

VRがゲームや音楽、映画などと結びつくというのは、ある程度予測できそうな展開だろう。だがその先、仮想世界はいったいどう広がっていくのか?その疑問に答えてくれた男は、偶然にもロッセンバーグ・ベンチャーズから通りを隔てた真向かいの、目立たないビルの中にいた。

彼の名前は、フィリップ・ローズデール(47)。数年前に一部のネットユーザーの間で話題となった仮想世界「セカンドライフ」の生みの親だ。2年ほど前から、「High Fidelity(ハイ・フィデリティ)」というスタートアップを率いている。

現在、彼がスタッフ20数人と取り組んでいるのは、オープンソースのVRソフトウェア「ハイ・フィデリティ」の開発だ。このソフトウェアを使って、ユーザーは好みの仮想空間を設計・ビルドし、自身はアバター(3Dのキャラクター)となって、仮想世界で他のユーザーと交流することができる。“VR版のソーシャル・ネットワーク”と考えたらよいだろう。

ソフトウェアとしてのハイ・フィデリティは、まだ(ベータの前の)「アルファ」と呼ばれる試作段階だが、すでに40ほどの仮想世界がユーザーによって作られ、VRのヘッドセットを使えば、誰でもこうした仮想世界へ出入りすることができる。この日もハイ・フィデリティのスタッフ数人がアバターとなって仮想世界に集まり、打ち合わせをしていた。


highfidelity
仮想空間のライブ音楽バー。ハイ・フィデリティでは、ユーザーが自らサーバーを運営し、仮想世界を作り出すことができる。


同ソフトウェアの優れている点は、他のデバイスと連携して、ユーザーの顔や手の動きなどを読み取れることだろう。つまり、仮想世界にいる“分身”であるアバターに、現実世界のユーザーと同じジェスチャーをさせられるのだ。


high
SoMa地区にあるハイ・フィデリティ。入力装置としてモーション・コントローラーを自分の手で操作して、仮想世界を設計したり、ビルドしたりする。


それにしても、このような仮想世界は一般の人々に受け入れられるのだろうか。そんな疑問を投げかけると、ローズデールは“VR進化論”ともいうべき道筋を語ってくれた。それは、VRは今後、3つの段階を経て社会に浸透していくというものだ。

第1段階は、オキュラスやソニーなどが開発を進める「ゲーム」。第2段階は、リバー・スタジオが取り組んでいるような旅行や音楽、スポーツなどの「映像体験」。そして第3段階は、まさにローズデールらが作ろうとしている「ソーシャルVR」だ。いずれVRが広まれば、仕事や生活、趣味などの大部分が仮想世界で展開されるようになるのだという。

だが、他の企業もすでにこの分野に乗り出している。彼の古巣であるリンデン・ラボが「セカンドライフ」に続くVRの世界「Sansar(サンサール)」を開発中であるほか、スタートアップの「AltspaceVR(アルトスペースVR)」はグーグル・ベンチャーズなどから大型の資金調達をしている。

ライバル企業との違いについて尋ねると、ローズデールは、「ハイ・フィデリティは“脱中心”的なネットワークです」と誇らしげに語った。

どういうことかというと、同社はホストサーバーをもたず、ユーザー自身にサーバーを運営させている。そのユーザー同士のパソコンをネットワークで結ぶサービスを提供することで、まるでインターネットのように、一つの巨大な仮想世界を作ろうとしているのだ。「僕が知る限り、そんなことをやっている会社はほかにいない」とローズデールは言う。

ちなみにどれくらい巨大かというと、「地球と同じサイズの仮想世界ができる」というから驚かされる。その実現には、数百万台のサーバーが必要だとローズデールは見積もる。途方もない数だが、十分に実現可能だという。

「こんな計算をしたんだ。現在、もしブロードバンドに接続されている世界の一般家庭のパソコンすべてをハイ・フィデリティのソフトウェアでつなげたら、すでに地球の全陸地とほぼ同じ大きさの仮想世界を作り出すことができる。これが数年後には何倍もの大きさにもなる。仮想世界はいずれ現実世界を超えて、はるかに豊かな世界になることは間違いない」

“脱中心”は単に技術的な話ではなく、ローズデールが理想とする仮想世界のありようでもある。

「VRの未来を(ホストサーバーをもつ)一つの企業が牛耳るなんてことは考えられない。それはフィクションです。現実には、オープンソースで、標準ルールがあって、仮想空間内の各々の場所をユーザーが独自に運営するという形になるはず。いや、そういう未来にしなければいけないんだ」

技術的な課題はまだ残っている。ユーザーの個個のパソコンからコンテンツをストリーミングしながら、高いフレームレートを維持するのは難しく、「まだ完全に解決できていない」。

だが、できると確信している。

「僕は人生の大部分をVRに懸けてきた。いつか、仮想世界は私たちにとってこの地球よりも大事な場所になるかもしれない、とさえ考えている。だって僕たちが仕事や遊び、創作の多くをそこで行うようになるのだから。そういう仮想世界を実現するためのソフトウェアを僕はずっと作ってきた。なんとしても実現させないといけないんだ」

人類がまだ見ぬ仮想世界への扉が今、起業家たちの手によってこじ開けられようとしている。そこにきっと輝かしい未来があると信じて。

Philip Rosedale フィリップ・ローズデール(47)
リアルネットワークスのCTOを経て、1999年にリンデン・ラボを創業。ネット上の仮想世界「セカンドライフ」の開発者として脚光を浴びる。2013年、VR企業のハイ・フィデリティを創業。07年にはタイム誌が選ぶ「世界で最も影響力のある100人」に選出されている。

文=増谷 康 写真=ラミン・ラヒミアン

この記事は 「Forbes JAPAN No.19 2016年2月号(2015/12/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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