VR実用化最前線! 大手ブランドも注目する「映像体験」

illustration by Alexander Wells

僕はなぜか320馬力のラリーカーの助手席に座っていた。隣には、プロドライバーだという21歳の金髪の美女。彼女がアクセルを踏み込むと、車は砂塵を巻き上げながらコース上を疾走し始める。突然、目の前にバンプが現れたと思ったら、次の瞬間、僕の体はふわっと宙に浮いていた。

—もちろん、すべて仮想世界の中での話だ。現実には、「River Studios(リバー・スタジオ)」という、VRに特化した映像制作会社のオフィスにいて、快適なアームチェアに腰かけてVR映像を観ている。場所はサンフランシスコ中心部のSoMa地区。もともと倉庫街だったが、近年は再開発が進み、テクノロジー企業の進出が相次いでいる。


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本文で紹介したカーレースのVR映像。「ラリー・クロス」に挑戦する女性ドライバーのマシンに同乗して味わう迫力満点のスリル。


リバー・スタジオが誕生したのは15年5月と新しい。創業メンバーは、「ロッセンバーグ・ベンチャーズ」という、VRやARなど先端テクノロジーへの投資を専門とするベンチャーキャピタルの出身者たち。数カ月前からVRを使った映像に関して企業からの問い合わせが急増し、需要があると見込んで、投資会社からスピンオフしてできた(今も両社は同じビルに入居している)。

VR映像の撮影から編集、さらにはアプリ開発までを一括して行えるのが強みだ。同スタジオの元には今、この斬新でクリエイティブな表現手段に目をつけた自動車やホテルチェーンなど大手ブランドから、映像制作の依頼が数多く舞い込んでいる。

これまでに5本のVR作品を作り、さらに7本の制作が現在進行中だという(15年12月中旬時点)。急成長にともない、スタッフの数もこの半年ほどで6人から35人に増加した。「これでもぜんぜん人手が足りないくらいです」と、ゼネラル・マネジャーのシヴァン・イラム(34)は話す(なお、VR映像の美女ドライバーは同社の元スタッフとのこと)。

とくに力を入れているのが音楽ビデオの制作だ。人気バンドのコールドプレイやビョーク、ブラック・アイド・ピーズなどとコラボし、VRのミュージックビデオを作ってきた。でも、なぜ音楽なのか?

「音楽はVRの強力なコンテンツになると考えています。その理由としては、第1に、時間がちょうどよい長さだからです。映画のように90分間もVRのヘッドセットをつけていると目が疲れます。現段階では10分程度が限界でしょう。第2に、音楽は“プル型”のコンテンツなので収益化しやすいということ。宣伝しなくても、ユーザーの方から集まってくる。好きなアーティストの新曲PVなら、ファンはお金を払ってでも観たいと思うでしょう」

なるほど、VRの普及によって数分単位の“超”ショートフィルムの人気も高まる可能性があるかもしれない。イラムは今後のVRの普及について、こんな見方を口にした。

「リフトが発売されても、残念ながらVRを取り巻く状況は劇的には変わらないと見ています。ゲーム市場以外の一般消費者には届かないのではないか、と。VRが普及するとすれば、それはスマートフォンを通じてです。その点、サムスンはとてもいいポジションにいますね。彼らは今後1年以内くらいに、おそらくVRカメラか360度カメラを搭載したスマートフォンを出してくることでしょう。アップルの動向にも注目しています。でも、VR映像を楽しむのに十分な4Kで60fps(フレームレート)のスマホが登場するまでは、まだ18〜24カ月ほどかかると見ています。大きな変化が起きるのはそれからです」

確かにゲーム向けのヘッドセットではなく、スマホで誰でもVRを楽しめるようになれば、いっきに普及に弾みがつくに違いない。

「僕が思うに、普及への一番大きな転換点は、一般の人々がVRの『消費者』から『作り手』に変わるときです。多くのスマホにVRカメラが搭載され、みんながユーチューブやインスタグラムにVR画像や動画をアップするようになる。そうなったら、パーティーに行っても誰も写真は撮らずに、VR動画を撮って、シェアするようになるでしょうね」

1つ上の階では、7カ国から集まったスタートアップ11社がVRやARを使ったプロダクトの開発などに打ち込んでいた。ロッセンバーグ・ベンチャーズのユニークな点は、本業である投資ビジネスと、リバー・スタジオのほか、「リバー・プログラム」という約3カ月のスタートアップ養成キャンプ(いわゆるアクセラレーター)も展開していることだ。

ちなみに同プログラムの第1期(15年春)の卒業組の中には、視線追跡型VRヘッドセットで知られる日本のFOVE(フォーヴ)も入っている。

仮想空間での脳トレゲームから、ウェアラブルスーツ、さらには映像ストリーミングサービスまで、VRがもし一般に広まれば、大きなチャンスをつかめそうなスタートアップがここには揃う。ステルス(非公開)モードで展開中のため、取材拒否の企業もあった。

この中で、従来の「映画」という枠組みに収まりきらない意欲的な作品を制作しているのは、11年創業のアメリカのスタートアップ「Rival Theory(ライバル・セオリー)」だ。ゲームソフト向けの人工知能エンジンが主力製品で、最近VRビジネスに進出した。

なんと人工知能を使って、登場人物のせりふや行動をコントロールするのだという。共同創業者のウィリアム・クライン(46)はこう説明する。

「映画の登場人物と個人的なつながりを求めている人って多いと思うんです。僕らの作品では、観客もVRの中に入って、ストーリーの一部になれる。登場人物に会えるし、彼らに話しかけられるんだ。それに応じて登場人物も行動を変化させ、シーンが作られていくんです」

VRに人工知能が組み合わさることで、新種の映像エンターテインメントが生まれようとしている。



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ロッセンバーグ・ベンチャーズが主催する「リバー・プログラム」。写真の2人はライバル・セオリー(本文参照)の共同創業者。


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ライバル・セオリーが制作中の“体験型”のVR映画。第二次世界大戦中の欧州を舞台にしたスト―リーで、2016年前半に公開予定。



[VRをビジネスに活用し始めた企業の例]

Birchbox バーチボックス
リバー・スタジオ(本文参照)とコラボし、男性会員向けの夏のサンプル化粧品ボックスに、VR映像を楽しめるカードボードを特典として同梱。

Marriott Hotels マリオット・ホテルズ
一部ホテルで宿泊客向けに、サムスン「Gear VR」を使って、チリやルワンダ、北京などをめぐる“バーチャル旅行”のルームサービスを試験的に提供。

Exxon Mobil エクソン・モービル
原油やガス開発の技術者向けの訓練プログラムをVRで制作。事故防止法や非常時の対応法などを本番に近い環境でシミュレーションできるように。

Twentieth Century Fox 20世紀フォックス
SF映画『オデッセイ』(2015年全米公開)のVR版短編作品を16年に公開予定。監督は『マレフィセント』のロバート・ストロンバーグ。

Ford Motor フォード・モーター
新車のデザイン開発、グローバルチームでのコミュニケーションなどにVRを活用。コストや作業時間の短縮だけでなく、品質向上にもつながっている。

The North Face ザ・ノースフェイス
VRカメラのスタートアップとして躍進中の「Jaunt」と提携し、ヨセミテ国立公園の絶壁を登るプロクライマーなど、アウトドア系のVR映像を制作。

増谷 康 = 文 アレクサンダー・ウェルズ = イラストレーション

この記事は 「Forbes JAPAN No.19 2016年2月号(2015/12/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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