カギを握るのは“チャットボット”だと、『ウォールストリートジャーナル』の2015年末の記事が報じていた。カナダ発のKikや中国のWeChat(微信)といったチャットサービスですでに使われているしくみだ。
別の報道によると、グーグルのコミュニケーション部門の副社長ニック・フォックスが開発チームの陣頭に立ち、人工知能(AI)を利用したメッセージングサービスに取り組んでいるという。AIと機械学習の分野でのグーグルの経験が強みになっている。
グーグルのこの新サービスにはすでに先行例がある。アップルのSiriにも通じる、会話を利用した一種のコンシェルジュ・サービスで、サンフランシスコで地元のレストランをお薦めしてくれる「Luka.ai」というアプリや、「Facebook M」などだ。ちなみに後者は、フェイスブックのMessengerアプリ上で動くバーチャルアシスタントで、AIによる自動応答を生身の人間が補うことで、ホテルや映画のチケットの予約から、ユーザーのために作曲までしてくれるという。
それはそうと、「チャットボット」という言葉にはどこかいかがわしい、スパム業者のようなイメージがあり、現に世界最大のユーザー数を擁するメッセージアプリWhatsAppも、ボットを採用するには至っていない。ところが、これはスパムどころか、未来を先取りする技術でもあるのだ。
チャットボットそのものは数十年前からあるものなのだが、メッセージアプリでそれが使われるようになったのは、ここ数年のことだ。最初はポルノなどのスパムボットが、10代の若者に人気の高いKikなどを荒らし回っていたわけなのが、やがて対策がなされ、今度はスパムではない、広告用のボットが出てきた。
たとえば、映画『インシディアス3』(日本未公開)は、ヒロインのクイン・ブレナーを名乗るチャットボットをKik上に登場させ、ユーザーとホラー風味の会話をさせることで、集客につなげようとしている。
クイン:頭のいかれた女だって思ってるでしょ?
ユーザー:そんなことないよ。
クイン:ありがとう。でも、ちょっと不安なことがあるの。
クイン:あれ以来、ほんとうに気味の悪いことが立て続けに起こっているのよ。
ユーザー:それってどんなこと?
クイン:よくわからないの。最初はたいしたことじゃなかったのよ。奇妙な物音がしたり、持ち物が置いたはずのない場所にあったりとか……。
ユーザー:なんかヤバそうだね。
そのKikは2015年8月、WeChatを運営する中国のテンセントから5000万ドルの投資を受けた。WeChatがチャットボットの利用に先鞭をつけただけでなく、6億人のアクティブユーザーという巨大な集団にそれを普及させたことを考えれば、これは重要な動きだ。いまや数百万社の企業が広告や顧客とのやり取りにWeChatを利用しているという。「中国では、1日に開設されるウェブサイトの数よりも多くの公式アカウントが、日々WeChat上に作られているのです」と、Kik社のCEOテッド・リビングストンも語っている。
そしていま、チャットボットは企業サイト閲覧のあり方をも変えようとしている。これまでは、サイト上に配列されたボタンを頼りに視覚を利用してサイト内をたどっていくというやり方だった。しかしWeChatはボットを活用することで、文字列による質問を通じて同じことができるようにしたのだ。
企業向けチャットサービス「Slack」のCEOスチュアート・バターフィールドは、“会話型ユーザ・インターフェイス”という言葉で、そのしくみを表現した。そのSlackでも、チャットボットはますます重要な機能となりつつある。
機器のモバイル化が進み、どんどん画面が小さくなっている現状を考えれば、チャットボットの可能性も理解できるはずだ。いずれはスマホや時計型のウェアラブルデバイスに話しかけるだけで、用が済むようになるだろう。
そうした未来図のなかでグーグルが検索の王者の地位を保つためには、チャットで真っ先に語りかけるサービスになるということが、欠かせない。
冒頭で挙げた『ウォールストリートジャーナル』の記事には、グーグルがそのメッセージングサービスをリリースする時期がいつになるのかは触れられていなかった。ただし、グーグルは2015年10月にチャットボットの開発を手がける「200 Labs」の買収を試みており(買収提案は拒絶されたようだが)、準備は着実に進めているようだ。
人々がレストランや商品について知りたいことをチャットボットに問いかけることが多くなればなるほど、グーグルの検索バーに文字列を入力する習慣もどんどん廃れていくだろう。だとすれば、グーグルが未来を生き延びられるかどうかをチャットボットが握っているとすら言えるのかもしれない。