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2016.01.01

[川村雄介の飛耳長目] 日本映画を面白くする戦術

ILLUSTRATION BY BERND SCHIFFERDECKER

中秋の穏やかな日差しが校庭の芝生の緑を際立たせている。新宿の繁華街に隣接する、廃校となった小学校である。そこにクールジャパン戦略特命大臣一行の姿があった。

小学校は耐震補強を講じたうえで、あるエンターテインメント企業が東京本部として活用している。大臣は同社のクールジャパン活動の視察に訪れていた。アジアにおけるアイドル展開やアニメソング大会、劇場のコメディ上演やテレビ番組配信等々のプロジェクトを報告されると、柔和な表情でコメントした。「大いに期待してます。クールジャパン成功のカギはコンテンツ作りですから頑張ってください」。

大臣の指摘通り、最近の日本のコンテンツはビジネスとしての国際競争力が強いとはいえない。特に、映画やテレビ番組のガラパゴス化が際立つといわれる。その理由の一つには、コンテンツにかける資金量の違いがありそうだ。典型が映画である。

日本の映画は予算1億円以下のものが多く10億円以上なら超大作といわれる。だが、米国では50億円以下は低予算、ハリウッドの超大作は当たり前のように100億円を超えている。日本は国内市場完結タイプが大半なのに、米国は海外市場での出資金の回収を前提にしている点も異なる。これでは日本映画がグローバル競争に勝てるはずもない。

日本の映画製作は、製作委員会方式によるものがほとんどである。映画会社やテレビ局、広告代理店、制作会社、芸能プロダクション、出版社等々が民法上の組合を組成するものだ。これには組合構成員間での機動的な動きや利益配分・二次使用のわかりやすさ、手慣れた手法であるなどのメリットがある。半面で、原作や配役、企画のマンネリ化・均質化、コンテンツ作りにあたる制作会社の取り分が少なく、制作能力やインセンティブが向上しにくいなどのデメリットが指摘されている。わけても問題なのは資金力に限りがあることだ。

製作委員会方式は、基本、組合員の出資のみから成り立っている。そこには外部ファイナンスや保証・保険機能の活用はまずみられない。レバレッジを利かせた資金調達方法ではない。世界に通用する斬新で魅力的な映画を生み出すためには、制作会社自身で大きなファイナンスを行える仕組みが不可欠になる。

 米国はどうか。映画人を目指す人々によく読まれている映画製作の教科書の前書きにいう。「完成保証、割引キャッシュフロー、信用状、内部収益率、第三者参加、債券担保、交差責任担保等々は今日の映画プロデューサーたちの日常用語のほんの一部の例である…」。(FILMMAKERS and FILMFINANCE,7th ed. Louise Levison著)。この一節からも、米国では高度なファイナンス手法が映画製作にビルトインされていることがよくわかる。

現に米国では、映画の企画開発、制作、配給、興行から資金回収にいたるプロセスを管理しながら多様な資金調達手法を駆使している。映像コンテンツの完成・引渡を保証する完成保証会社や、各種の保険、映像が完成する以前にその利用権を活用して最低保証金(MG)を制作者が確保できるプリセール(ネガの引渡でMG支払いを約するネガティブピックアップ契約が典型)、回収リスクに備えたGAPファイナンス等々を組み合わせて、銀行融資も活用している。

要するに、エクイティ投資とデット投資、保証・保険機能に、レバレッジ・ファイナンスを組み入れたストラクチャード・ファイナンスにほかならない。これによって、外部投資家から巨額の資金を集めることが可能になっているのだ。

日本にはこの秋から米国一のメガ有料テレビが参入し、黒船上陸と騒がれている。その影響力については関係者の間で見方が分かれるものの、コンテンツ制作の座組みや資金調達方法に波紋を投げかけることだけは間違いなさそうだ。早晩、日本でも映画などのエンターテインメント分野に米国型の資金調達手法を導入すべきではないか。むろん、実績が少なくリスクの高い分野でもある。だが、それが投資銀行業の醍醐味だ。

「わが国の成長戦略の一翼を担うのがクールジャパン・コンテンツなのです」。教室を改造した事業本部室で大臣が熱弁をふるう。成長戦略には万事資金の裏付けが必要で、公金を出したクールジャパン機構もその一つである。だが、真の成長のためには本格的な民間資金の出動が待たれる。これこそ、日本の投資銀行のさらなる活躍の場にほかならないと思う。


川村雄介◎1953年、神奈川県生まれ。大和証券入社、シンジケート部長などを経て長崎大学経済学部教授に。現職は大和総研副理事長。クールジャパン機構社外取締役を兼務。政府審議会委員も多数兼任。『最新証券市場』など著書多数。

文 =川村雄介

この記事は 「Forbes JAPAN No.17 2015年12月号(2015/10/24発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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