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2015.12.28

アジア太平洋地域のLNG市場の新年は、さらに厳しい時代の到来を告げる

tonton / Shutterstock

変化の激しいアジア太平洋地域の液化天然ガス(LNG)市場に不足しているのは需要である。もう1年以上も過剰となっている供給は、新年に入るとますます過剰になる見通しで、その解消には早くても2020年、遅ければ2020年代中盤までかかると見られている。

まずは供給側の話から始めよう。2011年3月、福島原発事故の後遺症と、国内全50基の原発が操業を停止したエネルギー源を補うべく、日本がLNGの調達を増やしたこともあって、市場がいくぶん、供給不足に陥った。2014年初頭にLNGの価格は100万BTU(英国熱量単位)あたり20ドルを突破、ところがそこから市場は深刻な供給過剰に陥りはじめた。これにはいくつかの要因が絡んでいる。

まず、LNGの2大輸出国である日本と韓国に、ここ数年の北半球の暖冬をうけたLNG需要増加の減速が見られている。両国とも国内ガス資源が豊富であり、海外からのガス調達を抑制しているのだ。中国の経済成長が減速していること、そして中国がLNGよりもパイプラインで運ばれてくる天然ガスを優先させていることも、アジアのLNG需要に下方圧力をかけている。

これに、アジアのLNG価格が通常、原油価格と連動している、という事情が加わる。現下の世界的な原油安により、原油価格は2014年7月の1バレル当たり115ドルから、12月第2週には数年来の最安値である40ドルにまで低下している。これをうけてLNGスポット価格も、1月納入分が100万BTUあたり7ドルにまで低下、さらに2016年中には100万BTUあたり6ドル台中盤にまで落ち込むことが予想されている。実際にはそれより大きな落ち込みもありえる状況だ。

これら2つの要因だけでも、LNGの生産者にとっては十分に心配の種となる。特に、生産量の一部だけについての長期契約を締結してしまっている新規プロジェクトにとっては厳しい状況だ。さらに問題となりそうなことは、市場価格の落ち込みと、それによる投資不足により、新規プロジェクトの計画が、計画のままに終わってしまうというケースも生じかねないことだ。

LNG版サウジアラビア

しかし、これらの要因にさらに大きく揺さぶるのがオーストラリアの存在だ。国際エネルギー機関(IEA)(本部パリ)が今年始めに発表した2015年ガス市場中期展望によると、2020年までに世界で1,640億Bcm(10億立方メートル)のLNG輸出容量が増加する見通しとなっている。これは現状水準からの40%増となる。そして、増加容量の44%を占めるのが、オーストラリアなのである。オーストラリアには現在、5つのLNGプロジェクトが稼働しており、さらに5つプロジェクトが建設中、ないしは稼働寸前の状態となっている。これらのプラントの稼働が開始されると、オーストラリアの生産量は8,580万トンとなり、現在輸出首位のカタール(7,770万トン)を上回ることとなる。

残念ながら、オーストラリアにとってタイミングは最悪だ。これらの新規プロジェクトは、LNGが不足気味で、LNGプロジェクトが巨額の利益を生みだすと信じられていた2010年頃に計画されたものなのである。オーストラリアにとってさらに不運なのは、これらのプロジェクトの各ディベロッパーが、国内他案件を考慮することなく、計画を進めていたようなのだ。要するに、彼らはそれぞれが独自のLNG開発計画を推進し、そのことが近々の供給過多、ひいてはいま市場に立ちこめている破滅的な状況を引き起こすことに気がつかなかったというわけだ。

この事例から学ぶべきことは多い。オーストラリアに国としてのエネルギー計画が求められていることは言うまでもないが、少なくとも2020年までに5つのLNGプロジェクトが立ち上がろうとしているアメリカにも、同じことが当てはまる。LNGプロジェクトはほかに、アンゴラ、マレーシア、インドネシア、モザンビーク、イラン、さらにロシアでさえも推進しており、これらが供給を開始することも考慮に入れなければならないため、生産者にとっては頭痛の種は増すばかりだ。

全体計画がないために生じたこの現状は、市場原理が淘汰していくことになる。マーケットは生産者に優しい存在ではなく、淘汰は必ず起きることになるが、実際に淘汰が起きるのは、LNGの価格が100万BTUあたり4ドルから、3ドル台に突入するあたりからということになろう。しかし、まるで中世の寓話のように、新たなLNGマーケットが廃墟から立ち上がろうとしている。そこではバイヤーがトレーダーに進化する(中国海洋石油(CNOOC)が行っており、中国石油化工(Sinopec)も間もなく開始するという、スポット市場でのカーゴの再販にかかる長期取引量契約を行う者を含む)。LNGスポット市場が成熟していけば、アジアで販売されるLNGカーゴの4分の1を市場がカバーするようになることが見込まれる。より安価で有利な取引条件、仕向地条項の撤廃を求めるバイヤーによる長期契約の改訂交渉も、最近になって盛んになってきている動向だ。

シンガポールSLInG登場

もちろん、こうした業界の大変動のさなかで虎視眈々としているのが、いつも実利的なシンガポールである。すでに原油の取引と精製でアジアの大国となっているシンガポールは、LNGマーケットでも同様の地位を獲得しようとしている。12月第2週にシンガポール証券取引所は、LNGの現金決済先物取引とスワップ契約を早ければ1月にも開始すると発表した。この新しい契約を使えば、LNGのトレーダーは価格上昇を1年先までヘッジできることになる。契約価格は、シンガポールの新しいLNG指標価格、「シンガポールSLInG」に基づくものとなる。

うまくいけば、シンガポールがLNGを原油同様に取引できるように変えることになるだろう。もちろん、LNGの取引量は世界の原油には遠く及ばない。それでも、この国で生まれた人気カクテルにちなんで命名された「シンガポールSLInG」は、LNG市場の透明化を願うバイヤーやトレーダーの渇きを癒やしてくれることだろう。

新年はLNG市場に変革を迫ることになる。ロンドンのあるアナリストがこんな風に言っていた。この変化は、市場の変化や景気の変化ではなく、後戻りできない構造改革になるのだ。

編集 = Forbes JAPAN 編集部

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