サイエンス

2024.05.01 15:00

タスマニアデビルが絶滅の危機、原因は「伝染するがん」

木村拓哉
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タスマニアデビルは、国際自然保護連合(IUCN)が作成するレッドリストで、危機(EN)に指定されている。その命を主に脅かしているのが、タスマニアデビル顔面腫瘍1(DFT1)という伝染性のがんだ。

この病気は、デビル顔面腫瘍性疾患(DFTD)とも呼ばれ、顔面の腫瘍が急拡大するという目立った症状が現れる。腫瘍が、口の内部を含む顔にできるため、餌が食べられずに餓死に至ることが多い。DFT1によって、個体数は60%以上も減少した。

一般的に知られているがんについての認識に反して、伝染性がんは実際に伝染する。筆者は、大学で微生物学を学んでいたころ、この特徴に関心をもち、そののち、2年にわたってがん研究に携わった。

伝染性がんは、生きているがん細胞が個体から個体へと移動することで拡散する。ご想像どおり、自然界において伝染性がんは極めて稀だ。哺乳類の場合、これまでに特定された伝染性がんは3つで、そのうちの2つはタスマニアデビルが、もう一つは犬が罹患する。

がん自体は、細胞が無秩序に増殖し、腫瘍が形成されて発症する。この細胞増殖の暴走は、細胞分裂や細胞死の制御に関わる1つか複数の遺伝子が突然変異して起きるものだが、影響を受けた細胞は分裂を異常に続けるか、「不死化(無制限に分裂)」することになる。

がんを発生させる遺伝子の変化は、喫煙や日光暴露、化学物質暴露などさまざまな環境要因によって起こる場合もあれば、欠陥のある遺伝子を受け継いでいる場合もある。

前述したように、伝染性のがんは極めて稀だ。したがって、多くのがん研究者や保全生物学者が、タスマニアデビルがかかる伝染性がんに強い関心を抱いている。タスマニアデビルの場合は、個体同士がけんかして顔や首に噛みつくことで、がん細胞が移動する。仲間や餌を巡って戦うことが多いため、噛みつきはよくある行動だ。

2020年に発表された研究では、1980年代にDFT1の「起源」となったタスマニアデビル1頭を特定した。そして、DFT1の腫瘍から得たゲノムデータを用いて、この伝染性がんにかかる系統をはじめまでさかのぼった家系図を作成した。その後、病原体遺伝子の系統をマッピングする手法の一つである系統動態(phylodynamics)解析モデルを使い、がんの免疫学的パラメータを推定し、その将来的な見通しを予測した。

DFT1は発生以降、タスマニアデビルのほぼ全個体群に拡散した。DTF1によって生息密度が急減したことで、タスマニアデビルは2008年、絶滅危惧種に指定された。

2020年のモデリング研究では、個体数の減少スピードは、時間とともに低下しており、密度の低い個体群ではこのがんは消えずに残るものの、増加することはないと予測された。こうした流れは、「風土病化」と呼ばれている。

しかしこのほど、ケンブリッジ大学の研究チームは2020年の研究を再現し、DFT1のがん細胞について、より広範囲な遺伝子型判定(ジェノタイピング)を行い、その拡散を推定した。その結果、2020年の研究に反して、タスマニアデビル個体群におけるDFT1の拡散スピードが低下していることを示すエビデンスは発見されなかった。

同研究チームは、2020年の研究でこうした誤りが起きた原因について、DFT1のゲノム配列の解読が不十分だったため、この伝染性がんの正確な拡散イメージが得られず、それが不正確な結論を招いたのではないかとしている。

こうしたことから、DFT1/DFTDは現在も発生・拡散しており、タスマニアデビルの存続にとって重大な脅威であり続けていると、ケンブリッジ大学研究チームは確信している。

出典:Maximilian R. Stammnitz, Kevin Gori and Elizabeth P. Murchison (2024). No evidence that a transmissible cancer has shifted from emergence to endemism in Tasmanian devils, Royal Society Open Science | doi:10.1098/rsos.231875

forbes.com 原文

翻訳=遠藤康子/ガリレオ

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