ビジネス

2024.03.12 10:45

投資銀行から調香へ。渡辺裕太は「ニッチフレグランス」ビジネスをどう闘うか

çanoma(サノマ)クリエイター渡辺裕太氏

金融業界出身──フレグランス・ビジネス界の異端児ともいえる日本人がいる。香水クリエイターにして起業家の渡辺裕太氏だ。

çanoma(サノマ)クリエイターである彼にとってのビジネスのランドスケープや商品開発の思考、そしてキャリアとは何なのか。キャリアインデックス執行役員曽根康司氏が話を聞いた。

金融からフレグランス・ビジネスの世界へ

インタビュアー:渡辺さんといえば、今や日仏を往復し、創造を続けるçanoma(サノマ)クリエイターです。フレグランス・ビジネスに飛び込むためフレグランスのMBAといわれるÉcole Supérieure du Parfum(香水の専門学校)に行こうとするもタイミングが合わず、ルノー財団が出資するソルボンヌ大学大学院でMBAを取得。フランスで調香師の元にインターンとして入り、そこから自身のブランド、çanoma(サノマ)を立ち上げました。

香水といえば日本でも馴染みが深いですが、フレグランス、ましてやフレグランス・ビジネスというと、なかなかイメージが沸きにくい気がします。フレグランスの本場のフランスや世界において、フレグランス・ビジネスとは、どのような位置づけなのでしょうか?

çanoma(サノマ)クリエイター 創業者 渡辺裕太(以下、渡辺):まず、コスメティック市場の一つの領域として、フレグランスがあります。市場の特色としては、薬機法(やっきほう:2014年の薬事法改正以降の呼称)の規制を受けることがあります。一方、コスメティックといっても、消費スタイルは極めてファッション寄りで、その人の属性や、その日の気分に左右されます。洋服や眼鏡に近い存在ともいえます。

大きなプレーヤーとしては、L'Oreal(ロレアル)やEstée Lauder(エスティーローダー)、LVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)、日本では資生堂があります。他にも韓国のAmorepacific(アモーレパシフィック)や、スペインのPuig(プーチ)などもあります。自社ブランドで生産しているプレーヤーもいますし、いわゆるブランドをライセンスして販売しているプレーヤーもいます。

フレグランスの市場規模については種々のデータがあると記憶してますが、2022年のL'Oreal社のアニュアルレポート*を参考にすると、2022年のBeauty market(美容関連市場)全体は、2500億ユーロ、1ユーロ160円換算で、40兆円でした。

L'Oreal社の売上は3,820億ドル、1ドル150円換算で、5兆7300億円、そのうち11%がフレグランスとして公開されています。同社のフレグランスの売上は6303億円になります。

仮にBeauty marketの他のプレーヤーのビジネスセグメントの割合がL'Oreal社と同じぐらいだとすると40兆円の11%の4.4兆円。その数字が、ひとまずのフレグランスの市場規模の目安となると考えています。

Beauty market - L'Oreal 2022 ANNUAL REPORT

インタビュアー:世界、特にフランスでは、フレグランス・ビジネスにかかわる職業人は、実際にどのような見られ方をしているのでしょうか?

渡辺:フランスではメジャーなビジネスですが、職業の内容を正確に把握している人は少ないと思います。あえて喩えるなら「魔法使い」のような見られ方をしているかも知れません。実際には、私のような企画サイドのクリエイターと、生産サイドの調香師がいるのですが、いずれもミステリアスで気難しい人種と思われているかも知れません。国によっては、フレグランス・ビジネスが占星術などと絡み合っているケースもあるので、そういった側面が強くなっているのかも知れません。

一方で、クリエイティブな職業でもあるので、フレグランス・ビジネスに携わりたい、調香師になりたいと思っている人は多いです。

インタビュアー:なるほど、フレグランス・ビジネスならではの商慣習や特色はありますか?

渡辺:生産のバリューチェーンでいうと、フレグランス・ビジネス上流には、香料メーカーの存在があります。香料メーカーのBig3は、ジボダン(スイス)、フィルメニッヒ(スイス)、IFF(アメリカ)といった会社です。

意外に思われるかも知れませんが、調香師は、概ね香料メーカーに所属しています。そして、レシピ(配合)の情報は香料メーカーに帰属するのです。

仮に香料が5000種類あったとして、その中から2種や3種、多いものだと100種類もの組み合わせからフレグランスは作られます。さらに各香料の濃度というパラメーターも加わるので、組み合わせの数はとんでもない数字になります。

もっとも、レシピには著作権がなく、香りの模倣が問題なることがあり、訴訟も各地で起きています。ガスクロマトグラフィー(成分を分離して分析する手法)などによって、科学的解析も出来るのですが、上記の組み合わせの複雑さの理由から完全に模倣するのは、かなり困難だと言われています。

インタビュアー:日本の百貨店の売り場などを見ていると、フレグランス・ビジネスはプレーヤー数が多く、新規参入もいる世界だと思いますが、実際に、皆がうまくいっているのでしょうか。

渡辺:参入するからには、皆、儲かると思いはじめていると推察しますが、実際に目論見通りになっているかいうと、一概にはそうではないと思います。2000年代に我々も手掛けているニッチ・フレグランスという市場が出てきましたが、ニッチ・フレグランスの企業がそのまま大きくなって上場するようなケースはなく、大手に買収されるケースが多かったように思います。買収がイグジット(EXIT)、のメインになるのは、構造的な要因も存在すると思います。

一方、大手資本がニッチ・フレグランスを買収するインセンティブは、ベストセラーのフレグランスが、商品ラインナップとして欲しいからだと思います。すでに売れているものに対して、大手資本が、マーケティングコストなどを投下して、さらに成長させる。回収モデルとしては、分かりやすいと思います。

とにかく、フレグランスの世界で「すごく売れるもの」を一本作ることは、とても大変なことです。私は、温泉や油田を掘り当てるような作業だと思っています。
写真提供=çanoma

写真提供=çanoma

インタビュアー:トレンドの移り変わりは速い世界なのでしょうか?

渡辺:比較的ゆっくりしていると思います。

フレグランスの世界では、2010年前後に中東マーケットが注目されました。中東は一人当たりのフレグランスの消費量が多く、フランス人の数十倍の使用量があると言われています。その中東では、ウード(Oud)という香木(こうぼく)に近い香りが好まれることもあり、ウードの香りを内包した、多くの商品が出来ました。それらの商品が実際に流行したのは、2015年ぐらいだと記憶していますから、香水のトレンドは、洋服などに比べて、かなりゆったりしていると思います。

他の事例でいうと、2021年にグローバルで一番売れたフレグランスはジョニー・デップが広告に出ているDOIR(ディオール)のSAUVAGE(ソヴァージュ)だと言われていますが、SAUVAGE自体は2014年にリリースされたものです。

飛び込んだニッチ・フレグランスの世界とは

インタビュアー:渡辺さんがフレグランスの世界に飛び込んだ、そもそものきっかけはなんでしょうか?

渡辺:時系列でいうと、そもそも香りを嗅ぐのが好きだったと思います。嗅覚に興味があったわけです。20歳ぐらいのときに、そして、渋谷のセレクトショップのトゥモローランドに行った際、大きな気づきがありました。

「香りは嗅がない限り、気づかない。」ということです。

レオナルド・ダ・ヴィンチのモナ・リザの絵は、誰でも知っていて思い浮かべることが出来ると思いますが、いまここで、Guerlain(ゲラン)のMitsouko(ミツコ)の香りを思い出せる人は少ないでしょう。

五感の中でも、嗅覚というのは、自分にとっては特別なものです。

インタビュアー:今回のインタビューで知りましたが。フレグランスの中にニッチ・フレグランスというのがあります。何かしらの定義などはあるのでしょうか?

渡辺:生産量などの明確な定義はありませんが、新興のブランドが比較的少量で作っているものや、ハイブランドの限定生産のものなどが該当します。

我々のçanoma(サノマ)は、もちろんニッチ・フレグランスですが、百貨店等で目にするところだと、Aesop(イソップ)やJo Malone(ジョーマローン)もニッチになります。

ハイブランドの限定生産ものとしては、LES EXCLUSIFS DE CHANEL(レ・ゼクスクルジフ・ドゥ・シャネル)や、MAISON CHRISTIAN DIOR(メゾン・クリスチャン・ディオール)などがあります。

「余白」で存在を構築する作業

インタビュアー:かつて、スティーブ・ジョブズはビジネスウィーク誌のインタビューで「多くの場合、人は形にして見せてもらうまで、自分は何が欲しいのかわからないものだ」と言いました。消費者にとって、未知のフレグランスをどう表現するかは、コンピュータ関連製品よりも、はるかに困難に思われますが、どうお考えでしょうか?

渡辺:正直、未知の香りは、他の手段で表現できないと思っています。

もう少し丁寧に言うと、çanomaにおいては「香りとは別の手段で表現すべきではない」と考えています。特定の情景を写した写真、ボトルのデザイン、ダイレクトな意味を持つ名詞の製品名。消費者に先入観を与えることはいくらでも可能です。私はそれをしたくないのです。çanomaを手に取っていただいて、つけていただいて、香りを解釈していただく。香りを通して、お客様とçanoma間で、関係性を構築したいと思っています。


後編:REIT上場、メザニン投資──から香水ビジネスへ 。渡辺裕太、その「異彩」と転換点 へ続く

インタビュアー:曽根康司(そね・こうじ) キャリアインデックス執行役員。慶應義塾大学大学院経営管理研究科修士課程EMBAプログラム修了(MBA)。時計商を経て、黎明期のインターネット業界に飛び込む。アマゾンジャパン4号社員、Yahoo! JAPAN、キャリアインデックス、EXIDEAを経て、2023年11月に再ジョイン。「焼肉探究集団ヤキニクエスト」メンバーでもあり、全国数百件の焼肉店を食べ歩いている。

インタビュアー:曽根康司(そね・こうじ)◎ キャリアインデックス執行役員。慶應義塾大学大学院経営管理研究科修士課程EMBAプログラム修了(MBA)。時計商を経て、黎明期のインターネット業界に飛び込む。アマゾンジャパン4号社員、Yahoo! JAPAN、キャリアインデックス、EXIDEAを経て、2023年11月に再ジョイン。「焼肉探究集団ヤキニクエスト」メンバーでもあり、全国数百件の焼肉店を食べ歩いている。

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